「社会保険料」の充当における問題点
しかし、社会保険料の充当には批判が多く出ている。社会保険料は本来、負担と給付が何らかの形で紐付いており、広く受益が行き渡る少子化対策に関する主な財源に充当する方針については、「加入者が負担した保険料を他の者のために充当することは、保険加入者の権利をないがしろにする」「保険の規律を失わせる」といった批判が根強い8。
新聞の世論調査でも社会保険料の充当に対し、7割近くの人が反対という結果が出ている9。
そこで、模索されているのが歳出抑制の可能性だ。この点に関しては、最初に引用した部分で「徹底した歳出改革等」「既定予算の最大限の活用」と言及されているほか、脚注でも下記のような文言が小さい字で盛り込まれている(一部文言を省略)。
高齢化等に伴い医療介護の保険料率は上昇するが、徹底した歳出改革による公費節減等や保険料の上昇抑制を行うための各般の取組を行い、支援金制度(仮称)による負担が全体として追加負担とならないよう目指すこと。このため、具体的な改革工程表の策定による社会保障の制度改革や歳出の見直し、既定予算の最大限の活用などに取り組む。
つまり、支援金制度を通じて、社会保険料から財源を確保するものの、既存予算の見直しや歳出改革も進めることで、支援金の追加負担を小さくすると書かれている。
言い換えると、診療報酬や介護報酬の抑制、薬価削減、患者・利用者負担の追加引き上げなどを通じて、社会保障費を抑制する選択肢も検討することで、できるだけ少子化対策の追加負担を抑制する方針が書かれていると言える。
実際、この方針に沿った発言として、2023年5月の経済財政諮問会議では、民間議員が診療報酬、介護報酬を引き下げる必要性に言及した10。
2023年10月に開催された「こども未来戦略会議」でも、「支援金制度の導入で国民負担が過重にならないようにすることは極めて重要」とし、保険料負担の抑制に繋がる改革の具体化と工程化が不可欠との声が出た11。
確かに診療報酬を1%削れば、概算の給付費ベースで約4,000億円、国費ベースで1,000億円程度、介護報酬を1%削れば給付費ベースで1,000億円程度、国費で250億円程度の財源を捻出できるため、少子化対策の財源問題は報酬改定率の抑制要因になり得る。
8 田中秀明(2023)「異次元の少子化対策の財源を問う」『社会保険旬報』No.2892を参照。さらに、西沢和彦(2023)「少子化対策への社会保険料利用 8つの問題点」『Viewpoint』に加えて、2023年5月24日拙稿「少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か」などでも同様の批判が示されている。このほか、社会保険料を充当するアイデアについては、▽低所得者ほど社会保険料の負担が重い、▽保険料は主に現役世代が負担するため、社会全体で子育てを支援するという理念に反する、▽社会保険方式では、男性片働きを前提としており、女性の社会進出の阻害要因になっている――などの点も問題視されている。
9 2023年5月29日『日本経済新聞』、同年4月17日『毎日新聞』を参照。
10 2023年5月26日の経済財政諮問会議では、民間議員を務める柳川範之東大教授が「様々な歳出の拡大が予想される中、徹底した歳出改革と保険料負担の上昇抑制が非常に重要になる。こども政策の強化も徹底した歳出改革を大前提にすべき」「特に今年は、次期診療報酬・介護報酬の同時決定をはじめ、懸案の改革を進める極めて重要な年であると認識しているので、社会保障改革を一層強力に推進していくべき」と述べた。同日会議の議事要旨を参照。
11 2023年10月2日、こども未来戦略会議議事要旨を参照。同会議は首相直属で少子化対策を話し合う組織体。