「薬価削減」と「少子化対策」が及ぼす影響
3|薬価削減による財源確保が困難な点
薬価削減による財源確保が困難になっている点も従来と異なる。最近の原材料価格の高騰や円安に伴って医薬品の製造コストが上がっている分、薬価の引き下げが以前よりも難しくなっているためだ。
さらに、現場ではジェネリック医薬品(後発薬)メーカーの相次ぐ不祥事による業務停止も相俟って、医薬品の不足が深刻化しており、これも薬価削減を困難にする要因である。
実際、この問題は2023年度予算編成でも論点になり、医薬品の安定供給を図るため、急激な物価高騰などで不採算となった全ての品目(1,100品目)については、薬価が緊急かつ臨時的に引き上げられた。
以上のように考えると、これまで「調整弁」の役割を果たしていた薬価に多くを期待できない状況であり、不透明感が強まっている。
4|少子化対策の財源確保論議が影響する可能性
第3の要因として、政府が検討している少子化対策の影響も想定される。周知の通り、岸田文雄首相は出生率低下を食い止めるため、「次元の異なる少子化対策」を進めることを表明。
さらに、2023年3月の「こども・子育て政策の強化について(試案)」、同年6月の「こども未来戦略方針」(以下、未来戦略)では、児童手当の拡充などの施策が列挙された。この背景には出生率低下に対する危機感に加えて、「子ども予算の倍増」が一種の政権公約6と理解されている面がある。
しかし、計3兆円以上と目されている財源確保のメドは立っておらず、今年6月の未来戦略では財源に関して、「国民の理解が必要」とした上で、下記の方向性が盛り込まれた。
2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それらによって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用しながら、実質的に追加負担を生じさせないことを目指す。
歳出改革等は、これまでと同様、全世代型社会保障を構築するとの観点から、歳出改革の取組を徹底するほか、既定予算の最大限の活用などを行う。なお、消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない。
つまり、歳出改革を優先することで、増税の選択肢を完全に封印している。この背景には、増税に対する国民の反発に加えて、2023年度から始まった防衛関係費の倍増に関して、財源が確定していない7ため、新たな増税論議を避けたいという判断もあると見られる。さらに財源対策に関して、未来戦略では、下記のような方向性も示された。
企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す。
このうち、「企業を含め」「公平」「広く負担」という言葉は社会保険料を意味している。通常、社会保険料は本人に加えて、事業主が同額を支払っているため、支援金という社会保険料の上乗せ制度を通じて、企業と個人が少子化対策の財源を賄う方向性が示されている形だ。
6 そもそも「予算倍増」が政権の公約として見なされるようになったのは、2021年9月の自民党総裁選にさかのぼる。この時、他の候補者とともに討論会に参加していた岸田氏が「子どもを含む家族を支援する政府予算の倍増」に賛意を表明。首相就任後の2022年12月には、次の骨太方針に向けて、「こども予算の倍増を目指していくための当面の道筋を示してまいります」と言明した。さらに、2023年1月の年頭記者会見では、児童手当の拡充などを例示しつつ、「異次元の少子化対策」に挑戦する考えを示した。上記の発言や動向については、首相官邸ウエブサイトに加えて、各種報道を参照。
7 ここでは詳しく触れないが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略を受けて、防衛関係費に関しては、今後5年間で約43兆円を確保することが決まり、初年度となる2023年度は対前年度当初比26.4%増の6兆7,880円と大幅増となった。さらに、財源を確保するため、▽従来は原則として公共投資だけに充当されていた建設国債を防衛関係費にも充当、▽国有財産売却などで得た資金をプールしつつ、5年間の防衛力増加に必要な経費を一括計上する「防衛力強化資金」の創設、▽厚生労働省所管の国立病院機構、地域医療機能推進機構からの積立金返納、国有財産の売却収入なども充当――といった財源確保策が決まっている。しかし、これらを積み上げても、必要経費の全てを賄えないため、2022年12月の与党税制改正大綱では、法人税や所得税、たばこ税を段階的に引き上げる方針が盛り込まれたが、詳細は今後の調整に委ねられている。