認知症の父の絶叫「俺が死ぬのを待っているのか!」に母は…

多くの中高年が直面する「親の介護」問題。老人ホームへの入居に抵抗を持つ人も多く、「親の面倒は子どもが見るべき」と親族一同考えがちだ。しかし、フリーライターの吉田潮氏は、著書『親の介護をしないとダメですか?』(KKベストセラーズ)にて、「私は在宅介護をしません。一切いたしません」と断言する。親孝行か、自己犠牲か。本連載では、吉田氏の介護録を追い、親の介護とどう向き合っていくべきか、語っていく。

「家に帰りたい」「こんなところにいたくない」

◆父、持っている!

 

さて、父がショートステイに入っている間、とりあえずエントリーしてもらった特養はどうなったか。事前に母と見学したが、とにかくきれい。入所者がまだいないから当然だ。担当者はこのうえなく明るい人だった。そこは救いだった。重苦しい人だったら、逆に不安になるし。

 

さらに、ひとり入居予定者が入院することになり、ユニットの個室に1部屋空きが出るかもしれないことが判明した。もちろん、金額は上がる。多床室の場合は月額14~15万、ユニット個室の場合は17~18万。ただし、そう簡単に値上がりすることはない。低め安定だ。有料老人ホームの高額かつ右肩上がりの料金体系を知った後で、やはり特養は魅力的だった。入れるものなら入りたい。

 

ずっと父を担当してくれていたケアマネさん、ショートステイしている特養のケアマネさん、そして新しくできる特養の施設長の尽力のおかげで、父は無事に「要介護4」となった。またしても2階級特進。つまり、特養に入る条件を満たし、晴れて新設の特養に入れることになったのだ。サッカーの本田圭佑や野球のイチローじゃないけれど、「まあちゃん、持ってるな!」と思った。幸運としか思えない。

 

今思えば、ケアマネさんに恵まれていたなぁと思う。ケアマネさんが近隣の施設の状況を詳しく知り、情報ツウでなければ、こうはならなかったのではないか。新設特養の入居者募集の情報も、評判の悪い施設情報も、入手できるかどうかはケアマネさんの腕次第。利用者の性質や家族の状況を把握し、各施設の人と情報を共有し、適材適所で介護体制を整えてくれる。感謝してもしきれない。

 

そんなこんなで怒涛(どとう)の如く動いている間にも、母はほぼ毎日ショートステイ先の父のもとを訪れていた。徒歩10分の場所にあったので、母も多少は楽だったと思う。ただし、わけのわからないところに放り込まれた父は、最初は病院だと思っていたようだ。様子がだんだんとわかってきた3週目くらいから、母に愚痴(ぐち)り始めた。愛嬌のある言葉で寂しさを訴える父。母に甘えているのがよくわかる。

 

母は毎日訪問し、甘いものを差し入れしたり、施設内の平行棒があるところで歩くリハビリをさせたりしていた。夕方に帰ろうとすると、父は「早く逃げ帰るのね」「ほったらかされるのね」とつぶやく。「明日また来るね」と声をかけて帰っても、翌日には開口一番、「昨日はなんで黙って帰ったんだ? 気づいたらいなかった!」と怒っているという。

 

その程度ならまだいいのだが、時には「家に帰りたい」「こんなところにいたくない」と切実に訴えたり、「俺が死ぬのを待っているのか!」「お前が楽をしたいだけだ!」と母を詰(なじ)ることもあった。怒鳴りつけることもあったという。この父の言葉の連打は、じわじわと母を苦しめていた。

 

「お前が楽をしたいだけだ!」
「お前が楽をしたいだけだ!」

 

新設の特養入所まではまだ1か月弱あった。その間、ずっとショートステイを継続するつもりだった。ところが、母がある決断を告げた。

 

「入所までの間、しばらく家にいさせてあげたい」

 

母は突如独り暮らしになり、猛烈に寂しくなったこともあるのだろう。ただ、ショートステイ先で父が「家に帰りたい」とぼやき続けたのが堪(こた)えたようだ。娘には決して見せない、父の負の感情はすべて母にぶつけられた。母が罪悪感を募らせた結果、入所までの16日間、父は自宅で過ごすことになったのだ。

「施設に父の命を預ける」ということをやっと実感した

◆入所前の16日間戦争① 事務手続き編

 

その間、事務的な手続きも同時進行。まず入所前に、健康診断を受け、医師の診断書も必要だ。入所後は施設の提携医が診ることになるので、過去の状態の経緯や常用薬の情報などを提供してもらわなければいけない。父のかかりつけが無愛想かつ仕事が遅い開業医で、腹立つこともあったが、そこはぐっと我慢。

 

排尿の失敗が多いため、前立腺を検査する病院へも連れて行った(これらをすべて母がひとりでこなした)。本来なら、入所前に肺炎球菌ワクチンの予防接種も済ませておかなければいけなかった。公費助成があり、年齢によっては2000円で受けられるのだが、父は一切無視していた。自治体の広報紙やお知らせの封書をちゃんと見とけ、という教訓である。猶予期間があったので、ギリギリ間に合った。自費だと約8000円もかかるらしいよ!

 

今後の医療は施設が主体となり、必要なときにその都度適切な処置を行うことになる。一瞬「知らぬ間に医療費がかさむなんてことにならないか」と不安になるが、入所時にサインする膨大な量の契約書を見て腑に落ちた。

 

要は、施設に入れるということは、父の命を預けることだ。いつ死んでもおかしくない老人を24時間・365日預かるわけだから、家族もある程度の覚悟と諦めが必要なのだ。契約書に並ぶ文言を見たとき、急に「父が死に近づいている」ことを自覚させられた。ここで、契約書の中身を少しだけ紹介しておこう。

 

急変時における延命などに関する意思確認書(蘇生処置をするか否か)のほか、生命維持が困難になってきた場合の医療処置、食事を経口摂取できなくなった場合、管で栄養を通すIVH(中心静脈栄養)や末梢点滴、経鼻経管栄養、胃ろう造設を問う書類。また、転倒時のケガなど予測不能な事故に関して、施設は責任を負わない・訴訟もしないという念書もあった。

 

努めて冷静にサインしようと心がけた。以前、姉とは「胃ろうはやめよう」と話してはいたのだが、いざ父の命の選択肢をその場で迫られると、頭の奥が痺れて熱くなった。

 

母が余計な同情を募らせて入所をとりやめるなどと言わないよう、私は極力ドライな姿勢を装う。本当は、父の死を強制的に妄想させられて、脳内はひどく混乱していたのだが。冷徹に淡々と施設入所を選択しても、こういう細かい感情の揺さぶりは多々起こる。世の中なんでもスッパリ快諾・解決なんて、本当はウソだ。人は弱い。

 

一方、父はというと、自宅に戻ってびっくりするほど明るくなっていた。一度電話をかけたときは、驚くほど声が大きくて、以前の父に戻ったかのようだった。会いに行ってみると、目を開けている時間が長い。前は気がつくとうつらうつらし、目を閉じている時間が長かったのに。世界から、社会から、遠く離れてしまっていたのに。ショートステイでよっぽど寂しかったのだろうと思った。

 

実際には、母が日々糞尿の世話で疲弊し続けていた。

 

私も数時間、父とふたりきりで過ごすことがあったのだが、「トイレに連れていき、紙パンツとズボンをおろして排尿させて、再び穿かせて、リビングに戻って座らせる」という行為を8回やった。ほんの数時間の間でこれだ。

 

前立腺肥大もあって、コントロールが難しいようだ。尿意を感じてトイレに向かう途中に漏れてしまうか、あるいは紙パンツを脱がせた瞬間にたらたらっと出てしまう。ところが、便座に座らせて落ち着くと、今度はなかなか出てこない。

 

本人も尿意と闘い続けるのは気の毒だなあと思ったが、これを24時間365日介助する、さらに漏らした跡を毎度掃除する、と考えるとぞっとする。短期間ならいいかもしれないが、いつまで続くのかもわからないと思うと、絶望感を抱くのも当然だ。

 

文句を言っても仕方がない。昔話で記憶を掘り起こそうと、さまざまな質問を投げかける。覚えていることはスラスラと出てくるが、たいていの質問には「そんな昔のことは忘れちまったよ」とごまかす。「春から新しい特養に入るんだよ」という話は父にもした。だが、父はそもそも特養を理解していない。

 

「入院」という言葉を使うので、リハビリの病院と思っているフシがある。自分は少し弱っているが、まだまだ健常な社会人(60歳想定)という意識もあるようだ。

 

それを物語る事件が起きた。

 

朝刊で知人の訃報をうっかり読んでしまった父が「葬儀に行く!」と暴れ始めたのだ。ヨチヨチと歩き、たんすから白のYシャツを引っ張り出し、息切れしながら喪服を出せと怒鳴る。「俺が行かなきゃダメなんだ!」と主張するが、歩くのも困難、尿意も制御できず、紙パンツの許容量を超えて漏れることもしばしば。そんな状態で、遠方の会場の葬儀にどうやって出席するというのか。

 

そもそも知人といっても、特別に親しかったわけではない。かなり昔の同僚で、あちらは出世に出世を重ねて、新聞の訃報欄に名前が載るクラスの人だ。20年以上会っていないし、ご家族と懇意にしていたわけでもない。それでも父は言い張る。

 

「俺はあいつの子供もディズニーランドに連れて行ってやったし、あいつの父親にも会ったことがあるんだ!」

 

ええと、それっていつの話ですかねぇ……。つまり、父の記憶は昔ほど濃厚なのだ。この20~30年がすっぽりさっぱり抜けちゃっているのである。車椅子で連れていけ、とは言わない。バスと電車に乗ってひとりで行くと言い張り、大興奮状態(といってもズボンを自力では穿けない)。たまりかねた母から、SOSの電話がかかってきたのだ。

 

 

【次回に続く】

 

【第1回】「かってきたよ゜」父のメールに、認知症介護の兆しが見えた

【第2回】垂れ流しで廊下を…認知症の父の「排泄介護」、家族が見た地獄

【第3回】在宅介護はいたしません…認知症が家を「悲劇の温床」に変えた

【第4回】認知症介護の無力…父は排泄を失敗し、字が書けなくなった

【第5回】多額の年金をおろせない…「認知症の父」が母を号泣させるまで

【第6回】排泄失敗で「ごめんね」…認知症の父の変化に、翻弄される家族

【第7回】認知症の父「捨てるな!」…母、介護疲れで家族の思い出を処分

【第8回】老々介護という牢獄…心が壊れた母、床に転がる「認知症の父」

【第9回】「サヨウナラ」認知症の父を老人ホームに入れようとしたら…

【第10回】年金「23万円」の認知症の父…施設探しで、経済的な壁に唖然

 

 

吉田 潮

 

ライター/絵描き 

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。姉はイラストレーターの地獄カレー。

法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』、『Live News it!』(ともにフジテレビ)のコメンテーターなどもたまに務める。

2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。
2016年9月より『東京新聞』放送芸能欄のコラム「風向計」を連載中。
著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)、
『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)、『くさらない「イケメン」図鑑』(河出書房新社)ほか多数。

公式サイト:『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/
公式ツイッター:吉田潮 (@yoshidaushio) Твиттер - Twitter

著者紹介

連載親の介護をしないとダメですか?~父と私の介護録

親の介護をしないとダメですか?

親の介護をしないとダメですか?

吉田 潮

KKベストセラーズ

多くの中高年が直面する「親の介護」問題。『週刊新潮』の「TVふうーん録」コラムニストで、フジテレビ「Live News it!」コメンテーターの吉田潮さんが、自分の父が「認知症」となった体験をもとに、本音を書き下ろしました。 …

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