年金月15万円、"気遣い"が命を危険にさらした日

「娘には迷惑をかけたくない」それが、松井綾子さん(仮名・81歳)の口癖でした。

綾子さんは55年間、専業主婦として夫や家族を支え、10年にわたって義両親の介護も一人で担ってきました。認知症が進行した姑の世話では、一日中目が離せない時期もありました。介護保険制度もなかった当時、綾子さんは「家族のために尽くす」ことが当たり前だと信じてきたのです。

5年前、夫に先立たれてからは一人暮らし。千葉県の古い団地で、月15万円の年金と貯蓄300万円を頼りに生活していました。「なんとかなる」と思っていたものの、予想以上の物価上昇と、持病の高血圧と糖尿病の薬代が重くのしかかります。

かつては毎日の楽しみだった新聞も解約し、趣味の園芸教室も「交通費がもったいない」と諦め、食事も一日二食に。けれど、東京都内に暮らすひとり娘の麻里さん(55歳)には、生活苦のことを一切伝えていませんでした。

「娘にも家族やその生活があるから」「老後は自分でなんとかするべき」そう思って我慢を続けた結果、ある冬の朝、光熱費を節約しすぎたことが原因で低体温症になり、綾子さんは自宅で倒れてしまいます。麻里さんが異変に気づいたのは、何度かけても電話がつながらなかったからです。

急いで実家に駆けつけ、玄関のカギを開けると、リビングの床に倒れている母の姿を発見。救急車を呼び、病院に運び込んだあと、病室で麻里さんが泣きながらいったのです。

「お母さん……間違ってたよ。もっと頼ってほしかった。」