多額の年金をおろせない…「認知症の父」が母を号泣させるまで

多くの中高年が直面する「親の介護」問題。老人ホームへの入居に抵抗を持つ人も多く、「親の面倒は子どもが見るべき」と親族一同考えがちだ。しかし、フリーライターの吉田潮氏は、著書『親の介護をしないとダメですか?』(KKベストセラーズ)にて、「私は在宅介護をしません。一切いたしません」と断言する。親孝行か、自己犠牲か。本連載では、吉田氏の介護録を追い、親の介護とどう向き合っていくべきか、語っていく。

認知症で「家族の苦しみ」がわからなくなった

◆父、生活業務一切不能に

 

父と母は年金暮らしだ。父名義の口座から母が生活費を引き出す。一企業に長年勤めあげた父は、厚生年金企業年金で、それなりの額を受け取っている。が、2016年3月に父は銀行のカードをなくし、印鑑の場所や暗証番号もわからなくなった。

 

父を銀行に連れて行くも、らちが明かない。母はとうとうキレてしまったという。「しっかりしてよ。どんどん頭おかしくなってるじゃない!」と怒鳴った。

 

すると父は、「どーんどーんパァーンパーンどーんパァーンパーン♪」と、ドンパン節を歌ったのだ。もともと父は天邪鬼(あまのじゃく)というか、旅先の静寂かつ神聖な場所でわざと放屁するような困った男だった。でも家族を経済的な困窮に遭(あ)わせたことは一度もない。おそらく父はいつものようにふざけたのだ。

 

ところが、生活費をおろせなくなる恐怖と不安を抱えた母は、夫の不甲斐ない姿に愕然とした。怒りを通り越して泣けてきたという。母は車の中で号泣した。

 

 

認知機能が低下し、生活に支障をきたすのが認知症だ。銀行でお金をおろせなくなったのは明らかに支障である。姉から聞いた話では、高速道路で期限切れのクレジットカードを使おうとして渋滞を起こし、通行料金の値上げのせいだと狂ったように主張したこともあったという。姉は認知症専門医に見せたほうがいいと考えていたようだ。

 

でも、病院で認知症の検査は受けていない。検査にどれくらい意味があるのか、私にはわからない。認知症と診断されても、特効薬があるわけでもない。軽度認知障害なら薬で進行を止められると聞いたことはあった。ただ、父は降圧薬など5種類も服用中なので、これ以上薬漬けにしたくない。

 

今思うと、検査を受けさせるべきだったのか? 世の中はそんなにきっちり線引きするものなのか? 介護認定は早めに申請すべきだが、認知症と断定すべきかどうかはケースバイケースではないかと思う。

 

つまり、父は正式には認知症ではない。でも、「自立不能な人」であることを家族で認識して、共有した。それでいい。ちなみに預貯金は無事で、母がすべて管理することになった。

認知症が進み「数ある選択肢」に気づけなくなっていく

◆父、出かけたまま不法侵入

 

実は10年以上前に、私はある取材で「成年後見人制度」を知った。両親がボケて管理できなくなる前に、私が後見人になるという提案をしたところ、父は怒りで黙りこみ、母には「親を馬鹿にして!」とひどく叱られた。決して非情な提案ではなかったと思うんだけどなぁ。

 

さて。要支援1の父はリハビリデイサービスを続けてはいたものの、脚力が回復する兆しはまったくなかった。そして、再び事件は起きた。2016年夏。父の携帯電話から着信。出てみると、知らない男性の声。

 

「〇〇製作所のSと言います。実はうちの敷地内で座り込んでいて……」と言う。父は倒れているのではなく、座り込んで動けない状態だというのだ。場所は父の自宅から徒歩5分の工場である。

 

電話を父に代わってもらい、「歩いて家に帰れ」と諭してもなんだか要領を得ない。Sさんに「敷地の外に追い出すか、タクシーに乗せるか、救急車を呼んでいただけますか?」とお願いするも、本人が大丈夫と言っている場合は救急車も来てくれないし、タクシーもつかまらない。話には応じるがまったく動かない父に、困り果てているという。

 

母の携帯にかけても、留守電で通じない。私が迎えに行くしかないのかと準備し始めたところで、母から電話が。

 

「お父さんが同期の友人と会うって言うから、私は買い物に行ってたの。でも家の前のバス停で降りられずに終点まで行っちゃって。帰り道に疲れて工場の前で動けなくなったの」

 

バス停で降りられなかったのは認知の問題ではなく、身体機能の衰えだ。動作が遅くて間に合わなかったのだろう。でも終点まで行ってしまった後、そこからまた乗って戻るとか、タクシーを拾うとか、普通なら考えるだろう。

 

父は自分の脚力が弱っていることを認識できず、「歩いて帰る」という間違った選択をした。真夏に。ものすごい上り坂なのに。結局母が迎えに向かったが、体力を回復した父は自分の足で戻ってきたという。その後、母は工場に菓子折りを持って謝りに行った。

 

父の携帯には、母と家の番号を紙に書いて貼った。というのも、Sさんは私にかける前に、父の携帯の中から親族っぽい名前の人にかけたらしい。遠方に住む親戚から姉にまで電話がきたという。それ以降、父の数少ない外出を制限するしかなかった。父の友人にも、母が電話で状況を伝えた。

 

「夫は認知症で、ひとりで帰宅できません。今後は伺えないと思います」と。相手もすんなり納得。おそらく彼も、父の異変にうすうす気づいていたのだろう。

 

【第1回】「かってきたよ゜」父のメールに、認知症介護の兆しが見えた

【第2回】垂れ流しで廊下を…認知症の父の「排泄介護」、家族が見た地獄

【第3回】在宅介護はいたしません…認知症が家を「悲劇の温床」に変えた

【第4回】認知症介護の無力…父は排泄を失敗し、字が書けなくなった

 

 

吉田 潮

 

ライター/絵描き 

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。姉はイラストレーターの地獄カレー。

法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』、『Live News it!』(ともにフジテレビ)のコメンテーターなどもたまに務める。

2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。
2016年9月より『東京新聞』放送芸能欄のコラム「風向計」を連載中。
著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)、
『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)、『くさらない「イケメン」図鑑』(河出書房新社)ほか多数。

公式サイト:『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/
公式ツイッター:吉田潮 (@yoshidaushio) Твиттер - Twitter

著者紹介

連載親の介護をしないとダメですか?~父と私の介護録

親の介護をしないとダメですか?

親の介護をしないとダメですか?

吉田 潮

KKベストセラーズ

多くの中高年が直面する「親の介護」問題。『週刊新潮』の「TVふうーん録」コラムニストで、フジテレビ「Live News it!」コメンテーターの吉田潮さんが、自分の父が「認知症」となった体験をもとに、本音を書き下ろしました。 …

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