多くの中高年が直面する「親の介護」問題。老人ホームへの入居に抵抗を持つ人も多く、「親の面倒は子どもが見るべき」と親族一同考えがちだ。しかし、フリーライターの吉田潮氏は、著書『親の介護をしないとダメですか?』(KKベストセラーズ)にて、「私は在宅介護をしません。一切いたしません」と断言する。親孝行か、自己犠牲か。本連載では、吉田氏の介護録を追い、親の介護とどう向き合っていくべきか、語っていく。

鍾乳洞のように造り上げられていった母の鬱屈

認知症になって、楽しそうなのは父だけだ。現状としては、ほぼ歩けず(歩かず)、外出は車椅子で移動、夜はポータブルトイレを使用。下剤に頼らないとお通じもない。デイサービスに行っている間は母も解放されるかと思いきや、帰ってくれば洗濯物も一気に増える。

 

紙パンツは穿かせているのだが、デイサービスの間に必ずズボンと靴下を尿で汚して帰ってくるからだ。夜間の尿を吸ったシーツの洗濯、通じない会話、巨体を洗って拭いての毎日。イライラと疲労はたまりにたまって鍾乳洞のようになっていた。

 

ごめん、そこは母に任せきりだったよ、私も。2017年はいろいろと新しい仕事も始まり、結構忙しかった。不妊治療の体験や、子供を産まない選択について書いた本『産まないことは「逃げ」ですか?』を刊行したのも、この年だった。自分の日記を見返しても、仕事と遊びのことで頭がいっぱいだった。

 

父が老人福祉センターに行き始めたことで、一段落ついたなと思ってしまったのだ。

 

もちろん、母も母で、自分なりにストレス解消を実行していた。いつだったか、母から電話がかかってきて、ひとしきり父の排泄失敗などの惨状を怒涛の如く吐き出した。

 

そして、「あんまり腹が立ったもんだから、これから髪切りに行ってくるの! 今、自転車置き場! じゃあね!」と切られた。一方的に話しまくって、一方的に電話を切るのはいつものことだ。

 

母のストレスは溜まっていく一方だった
母のストレスは溜まっていく一方だった

幼いころの写真を…猛烈な勢いで始まった母の断捨離

◆母の鬱屈は「断捨離」へ

 

この頃、母は猛烈に断捨離(だんしゃり)を始めた。以前から、母の中で断捨離ブームは始まっていた。

 

もともと片付けるというか、家具の位置を頻繁に変えて模様替えをするのが好きな人だ。不要なモノはフリーマーケットで売ったり、リサイクルショップに持ち込んだり、私や姉に押し付けてきたりで、モノの搬出はかなり激しいほうである。愚の骨頂と思うのは、その際に再び余計なモノを買うところではあるのだが。

 

その発端はどうやら公民館で行われた無料の「断捨離セミナー」だったようだ。

 

普通のご家庭はわからないが、子供が使っていた教科書やランドセル、賞状やぬいぐるみや服などを捨てられずにいつまでもとっておく親が多いと聞いている。我が母は何かあるたびに(たぶん父への憤りが9割)、捨てまくる。おかげで、実家に私のモノはひとつもない。

 

私たちが幼い頃、父は写真を撮りまくり、子供の成長アルバムを作っていた。姉と私の分で120冊くらいあった。当時のアルバムは台紙にフィルムが張ってある粘着式のもので、ひとつひとつが異様に大きくて重い。ナカバヤシのフエルアルバムってやつだ。母はこの大量のアルバムをずっと邪魔に思っていたようだ。

 

ついに、手を付け始めた。台紙から写真をひっぺがし、姉の分と私の分にわけて、アルバム自体を処分したのである。そのひっぺがし方がこれまた雑なので、写真の隅っこが破れたり、台紙の切れ端がくっついていたりする。数百枚もの写真をスーパーのビニール袋にぞんざいにつっこんで、突然渡されたのだ。

 

「あんたの分はこれ!」

 

母よ、あなたの辞書には「大切な思い出」という美しい言葉はないのか……。と一瞬思ったが、私にも母の血が流れている。模様替えもよくするし、不要なモノはガシガシ捨てる。だから、断捨離などの片付け指南本が売れに売れる意味がさっぱりわからない。考えてみれば、120冊もの大きなアルバムは場所を取って、邪魔である。

 

猛烈な勢いで始まった母の断捨離は、写真だけでなく、ビデオテープにも及んだ。昔、父が奮発して購入したソニーのベータカムで、私の部活や学校行事、旅行先や姉の結婚式などを録画したものだ。

 

父は「捨てるな!」と怒ったようだが、母はとにかく捨てたくて仕方がない。私としては昔の映像に興味もあるので、いったん引き取った。専門業者に出して、DVDに落としてもらうことにした。

 

写真は父が自分で現像して、モノクロの紙焼きにしたもので、サイズもまちまち。案外デカい。当然のことだが、年別になど分けられてはいない。アルバムに収まっていたときは年代別で整理されていたのだが、母がひっぺがしたときにバラバラになったと思われる。父は几帳面なところもあったので、写真の裏に日付や場所を記した写真もある。しかし、ひっぺがしたときにその字が剥がれてしまった写真も多い。

 

父の当時の思いと、母が今抱えている思い。時空を超えて両親の思いを同時に味わうとは。なかなかに感慨深い。そんなわけで、私の机の引き出しには、不揃いの白黒写真がたっぷりぐっちゃり放り込んであるし、業者に出してDVD化した昔のビデオも十数本ある。カビが生えたり、業者でもダビング不能のビデオテープはさすがに捨てた。

 

そういえば、最近観たドラマで「地球上の動物の中で、過去や未来にばかり気がいって、目の前のことをないがしろにするのは人間だけだ。他の動物は今を生きている」というセリフがあった。『柴公園』(テレビ神奈川ほかUHF局)という柴犬とオジサンのドラマである。ああ、母は今を生きているのだなぁと改めて感心した。

 

【次回に続く】

 

【第1回】「かってきたよ゜」父のメールに、認知症介護の兆しが見えた

【第2回】垂れ流しで廊下を…認知症の父の「排泄介護」、家族が見た地獄

【第3回】在宅介護はいたしません…認知症が家を「悲劇の温床」に変えた

【第4回】認知症介護の無力…父は排泄を失敗し、字が書けなくなった

【第5回】多額の年金をおろせない…「認知症の父」が母を号泣させるまで

【第6回】排泄失敗で「ごめんね」…認知症の父の変化に、翻弄される家族

 

 

吉田 潮

 

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    吉田 潮

    KKベストセラーズ

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