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貸金庫の奥に取り残されていた「小さな紙片」
「貸金庫には、大したものは入っていませんよ?」
和歌山県で建設会社を営んでいた、亡き高田一郎社長(仮名)の妻、里子さん(仮名・75歳)は、税務調査官にそう答えた。
貸金庫に保管されていたのは、不動産の権利証や保険関係の書類、会社の古い契約書などである。現金も入っていたが、冠婚葬祭などに備えて置かれた数十万円程度にすぎなかった。
ところが、税務調査官は貸金庫の奥に取り残された、紙屑のような小さな紙片に目を留めた。
「奥様、これは…?」
目の前に差し出された紙片には、高田社長の筆跡と思われる走り書きでメモが残されていた。
言葉を失った里子さんの背中に冷たい汗が流れた。
この小さな紙片をきっかけに、終了したはずの高田家の相続税申告が、大きく動き始めることになったのである。
裸一貫で築いた、売上高20億円の会社
高田社長は、文字どおり裸一貫から事業を興した人物だった。
若いころは建設会社の現場作業員として働き、30代で独立。最初は数人の職人とともに、小規模な修繕工事や下請け工事を請け負っていた。
現場には誰よりも早く入り、最後まで残る。資金が苦しい時期には、自宅を担保に入れて従業員の給料を支払ったこともあった。
会社は少しずつ取引先を増やし、公共工事や民間施設の建築工事も受注するようになった。高田社長が70代になったころには、年間売上高は20億円を超え、従業員も40人を超えていた。
妻の里子さんも、創業当初から経理を支えてきた。
請求書を作り、給与を計算し、銀行へ走る。会社が成長して経理担当者を雇ってからも、最終的な資金繰りは里子さんが確認していた。
夫婦2人で築いた会社だった。
しかし、高田社長は70代前半で大腸がんを患った。
治療を続けながら会社へ顔を出していたものの、次第に入退院を繰り返すようになり、76歳で亡くなった。
葬儀には家族や親戚だけでなく、従業員、元従業員、取引先、地元の経営者など、多くの人が集まった。
「社長に仕事を教えてもらった」
「苦しいときに助けてもらった」
参列者からは、そんな思い出が次々と語られた。
悲しみのなかにも、高田社長らしい、にぎやかなお別れの場となった。
