「ちゃんと食べてるよ」母の言葉を信じていた息子
「最近どう? 体調は悪くない?」
「全然。元気だから心配いらないよ」
健司さん(仮名・54歳)が電話をすると、母の芳子さん(仮名・82歳)はいつも同じように答えていました。
芳子さんは夫を亡くして8年。地方都市にある一戸建てで、一人暮らしを続けています。住宅ローンはなく、年金は月約15万円です。
健司さんは新幹線を使って2時間ほどの場所に住んでおり、以前は数ヵ月に一度帰省していました。ただ、この半年ほどは仕事や家庭の予定が重なり、母とは電話で話すだけになっていました。
それでも、声を聞く限りでは以前と変わりません。
ある週末、半年ぶりに実家へ帰った健司さんは、夕方になって母に尋ねました。
「晩ご飯、どうする?」
「私はあるものでいいよ」
何か作ろうと冷蔵庫を開けると、入っていたのは卵、豆腐、納豆、牛乳、いくつかの総菜。冷凍庫には冷凍うどんが並んでいました。
「母さん、最近いつもこんな感じなの?」
「ちゃんと食べてるよ。納豆も卵もあるでしょう」
食べていないわけではありません。ただ、以前の芳子さんは料理が好きで、冷蔵庫には肉や魚、野菜が入っていました。
翌朝、健司さんが「買い物に行こう」と誘うと、芳子さんは少し迷ってから、「車で行ってくれるなら行こうかな」と答えました。
スーパーまでは歩いて15分ほど。以前なら散歩を兼ねて出かけていた距離です。
「最近、歩いて行ってないの?」
そう聞くと、母は「帰りに荷物を持つと疲れるのよ」と話しました。
足が痛くて歩けないわけではありません。近所へ出ることもできます。しかしスーパーまで往復して荷物を持ち帰るとなると、以前より負担が大きくなっていました。
そのため最近は、週に1度ほど移動販売を利用し、足りないものだけ近くのコンビニで購入。料理も、食材をいくつも買って作るものより、豆腐や納豆、総菜、麺類などで済ませる日が増えていたのです。
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』では、高齢者の主な外出目的は「近所のスーパーや商店での買い物」が80.4%で最も多く、「通院」が69.9%で続きます。一方、普段「ほとんど毎日」外出する人は55.4%で、男女とも年代が高くなるほど割合は低下する傾向がみられます。
「元気って聞いていたから、前と同じように生活できていると思い込んでいました」
健司さんはそう振り返ります。
