退職金1,700万円、夫婦で旅行を計画していたが…
「最初は北海道かな。秋になったら九州にも行こうか」
長年勤めた会社を65歳で退職した正志さん(仮名・65歳)は、妻の久美子さん(仮名・65歳)とそんな話をしていました。
夫婦には約1,700万円の退職金が入り、それまでの預貯金もあります。年金は夫婦合わせて月約21万円。住宅ローンを完済した自宅もありました。
決してぜいたくができる家計ではありません。それでも、子ども2人はすでに独立しています。年に数回は国内旅行をし、平日に映画を見たり、近場の温泉へ行ったりする。そんな暮らしを楽しみにしていました。
退職から2ヵ月ほどたったある朝、正志さんの携帯電話が鳴りました。
「転んじゃって、起き上がれないの」
電話をかけてきたのは、車で3時間ほど離れた実家で一人暮らしをする90歳の母・芳江さん(仮名)でした。
近所の人にも連絡してもらい、芳江さんは救急搬送されました。幸い命に別状はありませんでしたが、脚を痛めて入院することになりました。
正志さん夫婦は急いで実家へ向かいました。
退院後、芳江さんは杖を使えば家の中を移動できるまでに回復しました。しかし、以前とまったく同じ生活には戻れません。
「一人で大丈夫?」
正志さんが聞くと、芳江さんは「大丈夫。ここで暮らしたい」と答えました。
介護保険の申請を行い、認定後はケアマネジャーと相談しながら訪問介護などのサービスを利用することになりました。それでも、通院の付き添いや買い物、役所の手続き、家の片付けなど、家族が対応する場面は残ります。
最初は正志さんが月1回程度帰省する予定でした。
ところが、「病院に一緒に来てほしい」「電球が切れた」「書類が届いたけれど分からない」と連絡が重なり、やがて月2回ほど実家へ通うようになります。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上で要支援・要介護の認定を受けている割合は、75~84歳では要支援6.0%、要介護11.6%ですが、85歳以上になると要支援14.0%、要介護44.5%に上昇します。また、要介護者等から見た主な介護者は同居家族が45.9%を占めています。
「退職したばかりだから時間はある。最初はそう思っていたんです」
しかし半年ほどすると、正志さんは別の負担にも気づき始めました。
