相続税申告は「問題なく終わる」はずだった
高田社長は、自社株式のほか、複数の土地や賃貸不動産、預貯金などを保有していた。
相続税が発生することは、家族も以前から理解していた。
幸い、会社と個人の申告を担当する顧問税理士は、高田社長が保有する不動産や預貯金の概要を把握していた。
「不動産の評価には少し時間がかかりますが、財産の所在は概ね分かっています。申告自体は比較的スムーズに進められると思います」
税理士からそう聞き、里子さんは胸をなでおろしていた。
ただし、1つだけ説明のつかないことがあった。
高田社長名義の預金口座から、亡くなる約5年前から毎月のように60万円が現金で引き出されていたのである。
金額や日付は完全に同じではなかったが、多くの月で、50万円から70万円程度がATMや銀行窓口から払い戻されていた。
5年間で、その総額は5,000万円を超えていた。
税理士は里子さんに尋ねた。
「この現金は、何に使われたのでしょうか?」
「生活費です。主人の入院費や治療費もありましたし、孫にお小遣いを渡すこともありました。現金で払うことが多い人でしたから」
確かに、高田家は一般家庭よりも生活費が多かった。
親戚を集めて食事をすることも多く、孫の入学や進学のたびに祝い金を渡していた。病院への支払いや自宅の修繕費など、まとまった支出もあった。
領収書がすべて残っているわけではない。
それでも税理士は、確認できた医療費や生活費を整理し、残額について何度も質問した。
「すべて生活費だった、ということで間違いございませんか?」
「はい。そうだと思います」
最終的に、税理士は里子さんの説明に基づいて相続税申告書を作成した。
しかし、現金の使途に関する疑問が、完全に消えたわけではなかった。
