年商10億円も視野だった建設会社社長の「気弱発言」
「もう、会社を立て直す気力も、体力もない…」
そう語ったのは、関東地方の建設会社社長、辰巳氏(仮名・62歳)だ。
創業から30年あまり。公共工事と民間工事をバランスよく受注し、安定した経営を続け、ついには年商10億円が視界に入るほどの規模となった。しかし、2020年のコロナウイルス蔓延でほとんどの受注が停止。その際、政府系金融機関からいわゆる「ゼロゼロ融資」を借り入れたが、その返済が2年前から始まり、資金繰りが悪化した。
売上は5億円ほどに逆戻りし、さらにここ数年、資材価格の高騰や原油高、人手不足の影響を受け、業績は徐々に悪化。ついには赤字へと転落したが、経営審査事項※スコアに影響し公共工事が受注できなくなることを恐れ、顧問税理士には来期対応の費用があることを説明し、黒字決算を維持している。
※「経営事項審査」(通称:経審)とは、公共工事を発注者から直接請け負おうとする建設業者が必ず受けなければならない審査です。公共工事の各発注機関は、競争入札に参加しようとする建設業者についての資格審査を行うこととされており、当該発注機関は客観的事項と主観的事項の審査結果を点数化し、順位付け、格付けを行います。このうち客観的事項の審査が経営事項審査であり、この審査は「経営状況」と「経営規模」、「技術力」、「その他の審査項目(社会性等)」について数値化し評価するものです。なお、「経営状況の分析」については、国土交通大臣が登録した経営状況分析機関が行っています。(社団法人 建設業情報管理センターウェブサイトより)
金融機関からの借入はコロナ融資も合わせて3億円に増え、資金繰りにもまったく余裕はない。
「このまま会社をつぶしてしまうくらいなら、いっそ…」
そう判断した辰巳社長は、会社の売却、いわゆるM&Aを検討することになった。
直近期が赤字とはいえ…提示された「まさかの衝撃価格」
取引金融機関から紹介された仲介会社を通じて買い手候補が見つかり、条件提示が行われた。しかし、その金額を見た辰巳社長は、言葉を失った。
「たった、これだけ…!?」
直近期を無理矢理黒字にしているとはいえ、提示額は純資産相当の1億円にも満たなかった。
長年積み上げてきた顧客基盤、現場で培ったノウハウ、地域での信用…。それらが評価されているとは到底思えない金額だった。
急増するM&A…経営者が感じる「違和感」
記事『「ワテ、もう限界や」67歳・町工場社長の悔し涙。高齢従業員多数、後継者も見つからず…売却決意も、想定外の着地に「なにかの間違いでは?」』では、中小企業のM&Aにおいて「技術や顧客基盤が適正な評価を受けないまま譲渡されている実態」について触れた。
今回の辰巳社長の事例も類似しているように見える。実際、多くの経営者が感じている「違和感」は共通しているケースも多い。
「なぜこんなに安いのか?」
「なぜ急かされるのか?」
「なぜ仲介会社の先の買い手の情報が見えないのか?」
そして、社長が抱くこれらの違和感は決して間違っていない。
中小企業のM&Aはここ数年で急増している。後継者不在の問題もあり、今後さらに拡大していくのは間違いない。
しかし一方で、「誰が支援しているのか」「どのようにマッチングされているのか」という部分については、十分に議論されているとは言い難い。
技術・人材を抜き取られ、会社の存続まで…問題はどこに?
現在のM&Aの多くは、仲介会社による既存顧客とのマッチング、プラットフォームによる案件掲載、仲介会社の営業による案件開拓といった形で進められている。
一見すると効率的に見えるが、ここに構造的な問題がある。それは、「情報が一方向である」という点だ。
中小企業の経営者の多くは自社の価値を正しく把握しておらず、他の買い手候補を知らない。つまり、適正な条件を比較できないという状態に置かれることが多い。その結果、「提示された条件を受け入れるか、断るか」という両極端な二択となる。
一方の買い手側も、すべての案件が表に出ていないうえに、さらにそこへ仲介会社のフィルターがかかるなどして「本当に相性の良い案件に出会えない」問題を抱えている。
つまり、売り手も買い手も、実は「見えていない」のである。
売り手・買い手とも「相手が見えていない」中で起きていること
この構造の中で起きているのが、「技術だけ抜かれる」「人材だけ引き抜かれる」「会社が消えていく」というM&Aだ。これは極端な例ではなく、現場では決して珍しくない。
ここで重要なのは、特定の仲介会社や個人を批判することではない。問題は「構造としてそうなっている」という点にある。
M&Aは本来、「売り手にとって納得のいく承継」「買い手にとって価値のある投資」であるべきだし、解決の方向性もシンプルだ。「情報を閉じるのではなく、適切に開く」ことに尽きる。
ただし、「M&Aは守秘義務に始まり、守秘義務に終わる」と言われるほど、情報公開は慎重に扱われる。無制限に公開すれば良いわけではない。
重要なのは「誰が関与しているか・誰に情報が渡るか・責任の所在はどこか」という点を明らかにした状態を作ることだといえる。
M&Aは会社の最後の意思決定
これからのM&Aに必要なのは、匿名のマッチングではなく、「顔の見える関係性」である。
●誰が案件を持ってきたのか
●誰が買い手として手を挙げたのか
この2点が見えるだけで、M&Aの質は大きく変わり、その結果(売り手の納得、買い手の効果)も大きく変わる。
M&Aは、会社の「最後の意思決定」とも言える。だからこそ、価格やスピード感、手軽さだけで選んではいけない。
その会社がこれまで積み上げてきたものを、どこに引き継ぐのかを真剣に考えたとき、M&Aに知見があり、かつ相談したことのある信頼できるコンサルタントや中小企業診断士、自社の財務や成り立ちを知る顧問税理士、などに相談することも、成功確率を高める一つの方法かもしれない。
しっかり考え、比べ、納得したうえで「後悔しない選択」を
「現実を目の当たりにして、もう一度立ち止まって、じっくりと考えようと思ったんです」
先の辰巳社長は、すぐに結論を出すことを選ばなかった。
「みんなで力を合わせ、過去にはそれなりの規模のビジネスを行ってきた会社。結論はどうであれ、気弱になって拙速な判断をしては、ずっと悔いが残ってしまう。〈後悔しない選択〉をするべきだと…」
ガッシリと大柄な辰巳社長は、日焼けが残る顔を上げた。
M&Aは、会社の最終的な意思決定のひとつだ。だからこそ経営者は、焦ることなくしっかりと比較検討したうえで、納得して決めることが重要なのである。辰巳社長のように、
「後悔しない選択をする」ことが何より重要になる。
都 鍾洵
税理士
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