少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か…社会保障の「教科書」的な説明から考える

少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か…社会保障の「教科書」的な説明から考える
(写真はイメージです/PIXTA)

岸田文雄政権が目指す「次元の異なる少子化対策」に関連し、その財源として社会保険料を充当する考え方がに有力になっていますが、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏は違和感を覚えるといいます。本稿では社会保障の「教科書」的な説明に立ち返り、少子化対策の財源問題を検討していきます。

5―社会保険料に財源が求められる背景

1|増税に対するアレルギー

社会保障に通じた人であれば、上記のような指摘は分かり切った話です。それでも少子化対策の主な財源として社会保険料が注目される理由はどこにあるのでしょうか。その最大の理由として、国民の増税に対するアレルギーが考えられます。

 

例えば、消費税は高齢者を含めて多くの国民に負担を求める税制ですが、物を買う時に8%か、10%を負担することになり、「痛税感」を持つことになります*13。ここで言う「痛税感」を分かりやすく言えば、レシートを見る度に「何で消費税を払わなきゃいけないのか」とイラっとする感覚です。

 

しかし、社会保険料は消費税ほどの痛みを伴いません。より具体的に言うと、先に触れたような形で、「社会保険料がどれだけ天引きされているか」を給与明細で毎月、細かくチェックする人は少ないので、社会保険料が上がっても気付きにくい面があります。その結果、国民の心理的な抵抗感も小さくなり、「赤字国債は将来の付け回しなので避けたいが、増税は困難なので、社会保険料の方がマシ」という判断の下、社会保険料が財源として選ばれやすくなっていると言えます。

 

*13:財政学では「租税抵抗」という言葉が使われる時もある。山田真成・岡田徹太郎(2019)「日本における痛税感形成の要因分析」『香川大学経済論叢』第92巻第1~2号、佐藤滋・古市将人(2014)『租税抵抗の財政学』岩波書店を参照。

2|防衛費拡充の議論

もう一つの背景として、防衛費の拡充で既に増税論議が浮上している点も指摘できます。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受け、政府・自民党内では防衛費の拡充論議が活発になり、2023年度から防衛費を段階的に増額していく方針が決まっています。

 

さらに財源として、2022年12月に決まった与党税制改革大綱では、法人税や所得税、たばこ税で一部を確保する方向性が示されているものの、詳細は今後の論点として積み残されています。このため、これ以上の増税論議を回避する観点に立ち、少子化対策の主たる財源として、社会保険料が注目されやすくなっている事情があります。

 

3|社会保険料の使途拡大は1980年代から続く傾向

付言すると、増税を忌避する傾向は今に始まったわけではありません。元々、1989年の消費税創設に至る議論では、大平正芳内閣による一般消費税構想、中曽根康弘内閣の売上税構想などの失敗があり、1980年代の財政危機では「増税なき財政再建」をキャッチフレーズにしつつ、社会保障制度では患者負担の引き上げなど、様々な歳出改革策が講じられました。

 

ただ、歳出抑制は国民の不満や批判を招きます。そこで、批判を回避または緩和するため、歳出抑制策の一部には年金保険に関する国庫負担の繰り延べとか、社会保険料や自治体の財政負担への付け替えなども含まれていました*14。誤解を恐れずに言うと、国民の増税に対するアレルギーや歳出抑制に関する反対を回避するため、財源を振り替える「会計操作」が相当程度、実施されたと言えます。

 

*14:ここでは詳しく触れないが、例えば国民健康保険や児童手当、生活保護費に対する国庫負担を削減する一方、自治体の財政負担割合を引き上げた。2018年度に実施された国民健康保険の都道府県化は、この時からの制度改正の流れの集大成と言える。歴史的な経緯については、2018年4月17日拙稿「国保の都道府県化で何が変わるのか(下)」を参照。さらに、1983年スタートの老人保健法や1984年成立の改正健康保険法では、高齢者医療費に関して、相対的に裕福な健康保険組合の保険料収入を充てる「財政調整」が導入され、2008年度の後期高齢者医療制度創設を経て、そのウエイトは現在に至るまで拡大し続けている。年金事務費については、国の厳しい財政事情を考慮し、1998年度から保険料財源の充当が始まり、2008年度から全額を社会保険料から充当する形になった。

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年5月24日に公開したレポートを転載したものです。

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