3―社会保険方式の特色(1)…「大数の法則」を利用
1|「大数の法則」とは何か
前者の「大数の法則」とはリスクを分散する保険の技術、具体的には標本数が多くなると、母集団の平均に近付く保険運営の技術を指します。分かりやすく言うと、サイコロを2~3回しか振らない場合、「6」が繰り返し出る可能性がありますが、何度も振ると6分の1に近付きます。
社会保険方式では、この法則を用いて、個人のリスクを被保険者の支え合いで分散させることを目指しており、「大数の法則」が組み込まれている点で言うと、社会保険方式と民間の生損保商品は同じです。これに対し、社会扶助方式(税方式)では「大数の法則」は全く考慮に入れられていません。この点は社会保険方式と社会扶助方式(税方式)の大きな差の一つと言えます。
一方、社会保険方式は民間の生損保の商品と違い、社会保障の側面を持っています。このため、リスクに応じた保険料・給付が設定されていない点など、民間保険との違いもあります*8。つまり、社会保険方式には「大数の法則」に基づく保険的な考え方と、社会保障として給付する側面が混ざっています。教科書的な説明で言うと、前者は「保険原理」、後者は「扶助原理」と呼ばれています。
*8:ここでは詳しく触れないが、社会保険方式と民間の生損保商品の違いとして、社会保険方式では、健康な人など低リスクの人が医療保険に加入しない「逆選択」の問題を回避するため、保険料を強制的に徴収している。
2|社会保険方式によるリスクのカバーの一例
上記の専門用語を用いても、なかなか自分事にならないかもしれないので、個人の問題から考えたいと思います。例えば、公的医療保険が全く存在しない社会を想像してみて下さい。そこで、たまたま折悪く事故に見舞われたとします。その治療費は個人にとっては非常に大きな金額になりますが、保険加入者でリスクをシェアすれば、影響は緩和できます。
つまり、自分のリスクを回避するために公的医療保険に加入することが「大数の法則」を通じて、自分だけでなく、保険に加入する被保険者にとってのリスク軽減にも繋がっているわけです。言い換えると、保険への加入を通じて、自分に降りかかるリスクをヘッジするという利己的な行動が利他性を生み出しており、こうした支え合いの考え方は一般的に「(社会)連帯」と呼ばれています。
一方、リスクに応じた保険料や給付を採用すると、例えば病気のリスクが高い人が公的医療保険に加入できないなどの事態が起きてしまいます。この状況は社会保障制度として望ましくないため、社会保険方式では民間保険と同じく「大数の法則」を用いているものの、給付や保険料の設定では民間保険と異なる運用になっているわけです。
3|子育てはリスクか?
ここで少子化対策との関係性を考えると、素朴な疑問が湧いて来ます。そもそもの問題として、出産や育児などの子育てはリスクなのでしょうか。リスクとして見なせないのであれば、「大数の法則」をベースとする社会保険方式に合わないのではないでしょうか。
もちろん、出産や育児に伴う支出や負担は生活に影響を及ぼす要因なので、子育ての費用を軽減することで、安心して出産・育児できる環境を作ったり、社会全体で子育てに力を入れたりすること自体は重要です(むしろ、こうした議論が遅きに失したと思っています)。
しかし、これまで出産や育児はリスクと想定されておらず、児童手当や保育費の支援などについては、社会扶助方式(税方式)で運営されて来ました*9。このため、少子化対策の主たる財源を社会保険料に求めるのは無理筋のように思われます。
*9:不妊治療や出産育児一時金などでは、社会保険料が充当されている。児童手当には国・自治体の租税財源に加えて、企業の拠出金も充てられている。