少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か…社会保障の「教科書」的な説明から考える

少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か…社会保障の「教科書」的な説明から考える
(写真はイメージです/PIXTA)

岸田文雄政権が目指す「次元の異なる少子化対策」に関連し、その財源として社会保険料を充当する考え方がに有力になっていますが、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏は違和感を覚えるといいます。本稿では社会保障の「教科書」的な説明に立ち返り、少子化対策の財源問題を検討していきます。

4―社会保険方式の特色(2)…「対価性」による負担と給付の関連性

1|「対価性」が生み出す負担と給付の関係明確化

もう一つのキーワードの「対価性」の観点で考えても、やはり少子化対策に社会保険料を充当する考え方には疑問符が付きます*10。一般的に対価性とは、社会保険料の負担に対して必ず給付が紐付く考え方を指します。例えば、公的医療保険料を支払っていないと、原則として給付を受けられません。これが対価性であり、この点は民間保険も、社会保険方式も同じです(ただし、年金保険料を払っていなくても、一定の要件を満たせば障害福祉年金を受け取れるなどの例外はあります)。

 

しかし、例えば児童手当の拡充に対し、医療保険の被保険者が社会保険料を負担する時、対価性は確保されるのでしょうか。例えば、不妊治療の充実や出産育児一時金など、自分が加入する保険者(保険制度の運営者)の被保険者であれば、「同じ被保険者の困り事だから支え合い(連帯)の費用を負担して下さい」という説明が可能かもしれませんが、加入する保険制度の違いなどに関係なく、児童手当に保険料が広く転用されるのであれば、対価性は失われます。

 

*10:対価性に近い概念として、「権利性」「けん連性(牽連性)」などの言葉も使われているが、ここでは対価性で統一する。

2|「対価性」の具体例

ここでも自分事に落とし込むため、事例で考えることにします。仮にX社で働くAさんが健康保険保険料を支払っていたとします。ここにX社の従業員のBさんが病気になった場合、その費用を保険料という形で、Aさんが負担するのはX社の支え合い(連帯)の範囲内と理解できます。

 

ここで、「X社の支え合い(連帯)のために支払っている健康保険料を万人のための児童手当に充当する」という話になれば、Aさんも、Bさんも「ちょっと待って、何のために?」という疑問を抱くことになると思います。図1の基金構想とか、政府が検討しているとされる特別会計案は正に、こうした発想に立っています。

 

例えば、同じ会社に勤めているCさんの出産費用や不妊治療を医療保険料で負担し合うことについては、Aさんも、Bさんも一定程度、納得するかもしれませんが、万人のための児童手当に拡充するのであれば、対価性は失われることになります。

 

もちろん、実際には対価性で説明できない制度が多く存在するのも事実です。例えば、介護保険の「地域支援事業」という仕組みでは、高齢者や40歳以上の人に課せられている保険料が在宅医療・介護連携のための普及事業などに充てられています。これは保険料が給付に反映されておらず、対価性が成立しにくくなっているのですが、それでも「介護保険制度の円滑な実施」「要介護状態になっても、地域で自立した日常生活を営むことができるよう支援する」などの説明が一応、試みられています*11

 

*11:こうした表向きの説明とは別に、地域支援事業が2006年度に創設されたタイミングは、国庫補助金を見直す「三位一体改革」の論議と重なっており、自治体の税源移譲要求を回避する思惑もあった。当時の経緯については、2021年7月6日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る」を参照。

3|「対価性」から考えると負担は正当化されるか?

では、対価性を確保できないにもかかわらず、社会保険料を少子化対策の主な財源に充当する理由として、どんな理屈が考えられるでしょうか。先日の雑誌コラムでは、図1のような基金構想を以前から提唱している研究者の意見として、「高齢期の支出を社会保険料で賄っているため、自らの制度の持続可能性を確保したり、給付水準を高めたりする上では、子育てに財源を充当する基金が必要」という見解が紹介されています*12。つまり、少子高齢化が進む中、年金や医療に保険料を拠出している個人が将来、給付を受け取れなくなる危険性があるため、将来世代を増やす観点に立ち、社会保険料を少子化対策に回すことが正当化されるという主張です。

 

だが、ここでは対価性が全く意識されておらず、「社会保険料の目的外流用」という批判は免れません。仮に「思考実験」として、下記のような意見が示された時、対価性の観点で、社会保険料の流用をどこまで正当化できるでしょうか(下記は「思考実験」なので、筆者の意見ではありません)。

 

1:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を育てる子どもの教育レベルを向上させることが重要であり、支え合い(連帯)を強化するため、義務教育や大学教育にも社会保険料を充当すべきだ。

 

2:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を担う子どもの生活を安定化させる観点に立ち、支え合い(連帯)を強化するため、社会保険料を住宅行政に充当すべきだ。

 

3:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を担う子どもの安全を確保することが重要であり、支え合い(連帯)を強化するため、文教施設の防災対策に社会保険料を充当すべきだ。

 

4:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を担う子どもの安全を確保することが重要であり、支え合い(連帯)を強化するため、学校や児童福祉施設の近辺のミサイル防衛に社会保険料を充当すべきだ。

 

恐らく多くの読者が「トンデモない暴論だ!」と思われるのではないでしょうか。そう思われるのは教育や住宅、防災、防衛が「社会保障」の枠内として理解されていない点、分かりやすく言うと厚生労働省か、こども家庭庁の所管ではないことが理由と思われます。

 

しかし、対価性の観点で考えると、「制度の持続可能性」「支え合い(連帯)」をタテに社会保険料を目的外に流用しようとしている点で、少子化対策への流用は上記の暴論(⁉)と大して変わらない気もします。つまり、対価性の議論で検討しても、少子化対策の主な財源として、社会保険料を充当する考えは無理筋と言わざるを得ません。少なくとも対価性の説明が付く範囲内で使途を限定するなどの配慮が不可欠と思われます。

 

*12:2023年5月13日『週刊東洋経済』。権丈善一慶大教授のコメント。

次ページ5―社会保険料に財源が求められる背景

※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年5月24日に公開したレポートを転載したものです。

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