現場に起きた「よくない変化」
変化が起き始めたのは、ミーティングを始めてから3カ月ほど経った頃だった。変化というのは、よくない変化だ。
当初こそメンバー全員が理想を語っていたが、回数を重ねるごとに熱が冷めていく。「あんなことができたらいい」「こんなことをやってみたい」といった願望を出し合うだけのミーティングに、僕を含む全員が飽きてきていた。
こうなるのは至極当たり前のことで、ミーティングの議論が盛り上がっても、現実にはなんの変化も起きない。仮の工程表は作ってみるのだが、全体像が定まらないためいつ着手するかは決まらない。着手するかどうかも定かではない。その結果、ミーティングをする意義や価値を疑い始めるようになった。
現場でヒアリングしミーティングにもち寄る要求や課題も、内容的に乏しいものが多くなっていった。これもよく考えれば当然だった。
各部門から選出した社員はITに詳しい人たちとはいっても日々の業務ではエクセルを使う程度の人たちだ。効率化の成功体験もなく、DXリテラシーは高くない。エクセルの計算機能を使わずに計算機で出した数字をエクセルに打ち込んでいるような人もいる。
面々でデジタル化を考えるわけだから、アイデアレベルの意見は出るが、その先の実のある議論には発展しない。アイデアについても普段は本業に集中しているため、生産性向上の視点はほぼなく、「デジタル化できそうなのは、これです」といった思いつきレベルの意見が出てくる。実現性や効果も無視されている。
さらなる問題…現場の声がラク視点の要求ばかりに
もう1つ問題だったのは、社内業務のデジタル化の目的が共有できていないことだった。
僕は社内業務のデジタル化によってオペレーショナルエクセレンスを実現したいと思っている。しかし、各部門のメンバーは「どうすれば業務がラクになりますか?」「ペーパーレス化できますか?」と急に聞かれ、ただ質問に応じるようにしてアイデアを出す。
結果、「これは紙じゃなくてもいい」「この作業は外注でいい」といった的を外れた要求や、ラク視点の要求が中心になってしまう。
例えるなら、文明の利器がない生活をしている人に何が欲しいかを聞くようなものだ。エアコンが欲しい、パソコンが欲しい、車が欲しいなど、デジタルに飢えている環境だからこそ要望も多い。
こうしてロードマップはますますまとまらなくなった。ロードマップ作成では数ある選択肢に優先順位を付けて、自分たちがやること、自分たちが進む道を絞り込んでいくことが重要だ。
しかし、ミーティングでは逆のことが起きた。やりたいことやできそうなことが幅広く集まり、絞らなければならない選択肢がむやみに広がることになったのだ。そのことに気がついて、僕はいったんこの定例ミーティングを終了し、僕と当初のメンバー2人の体制に戻すことにした。各部門から兼務で参加してもらっていたメンバーには、現場の要望や課題を踏まえ、会社としてのデジタル化の方針をまとめていくと伝え、もともとの仕事に戻ってもらった。
〈DXの落とし穴〉
・ロードマップは目標達成までの道のりであるが、そのとおりにやることが決して正しいわけではなく、目標に達することが本来の目的である。決めてしまい、PDCAを回してくことでブラッシュアップされることに価値がある。
・DXチームは全社横断的に仕事をしており一つの部署の仕事を詳細に理解できていないのでヒアリングによって出てきた案を実現すれば生産性が上がると思い込みやすい。
〈教訓〉
・粒度の荒いロードマップでよいので作ってしまい、アジャイル的に進めてしまうほうがよい。そしてその後ロードマップをブラッシュアップするようにすればよい。ただし、長期目標の設定は明確かつ強固で社内の理解を得られるセンテンスにしっかりとまとめる必要がある。そうでなければ目の前の小さな課題を解決することだけに終始してしまい、やがて失敗につながる。
・DXチームと現場にはギャップが存在している。現場社員に対し、「どうすれば業務がラクになりますか?」という質問はNG。
・現場から出るアイデアは一見面白そうに見えるものの、それに関連する業務が奥に隠れていたり、部分最適になり過ぎていたり、デジタル化を進めるにあたって余分な作業が発生したりして、やったはいいが、生産性という点での効果が乏しいアイデアばかり出がちである。
中西 聖
プロパティエージェント株式会社
代表
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