事実を拾い集めた記事が制度改善につながる
当時、業界の自主基準では『一定レベルの大きな揺れを感知した場合、速やかにガス供給をストップする』と定められていました。法的な拘束力などがない自主ルールだったということもあったのでしょうか。
ガス会社はこれに従いませんでした。ガス会社の幹部に取材すると、「速やかに判断して6時間後に供給停止した」と言いました。「6時間」が「速やか」という解釈でした。果たしてそうなのだろうか。私は懸命に自問自答しました。
ガス供給をいったん止めてしまうと、すべてのガス管を検査しなければならず、多額の費用がかかります。それが懸念となって、ガス停止の判断が6時間後になってしまったのではないか。私はそう見立てました。ガス会社の見解と相反する記事は勇気が要ります。でも、人の命よりも経営優先の企業倫理が優先されたのかもしれないと考えました。
そのころ、私は神戸市消防局が被災地に漏れた大量のガスが二次火災の原因になった可能性があるという報告書をまとめようとしていることを察知しました。また、当時、関東地区の東京ガスは、大きな揺れを検知した場合、1~2秒という瞬時にガス供給を停止する仕組みをすでに導入していました。こうした背景、要素を記事に盛り込みました。
『大手ガスが業界基準に従わず被災地にガス供給6時間続行』
記事を流した直後、ガス会社の広報責任者が私に抗議の電話をかけてきました。普段は温厚なこの責任者はものすごい剣幕でした。「事実無根だ。記事をすぐに取り消せ!」と怒鳴り散らします。押し問答が1時間。ガス停止までに要した「6時間」は速やかなのか、そうでないのか。私に動揺はありませんでした。
漏れたガスの影響で焼け死んだかもしれない女性のことが頭にありました。「6時間も被災地にガスを垂れ流した影響で、死傷者が1人も出なかった、とあなたは証明できますか」と広報責任者に私は静かに尋ねました。すると、彼は受話器をたたきつけ、抗議をやめました。私の特ダネ記事は翌日、共同通信に加盟する全国各紙の朝刊1面などに掲載されました。
『資源エネ庁、震災時のガス会社のガス供給基準を厳格化へ』
震災から1年となるタイミングで私はこの記事を書きました。ガスの供給ストップの基準があいまいだったことに強い疑問を持っていました。この資源エネルギー庁の担当者に「大勢の犠牲者が出ないよう、基準を厳しくした方がいいと思います」と働きかけました。
エネ庁は震災時の供給停止基準を厳格にする方針を決めました。この制度の見直しで、大地震の際のガスによる犠牲者が減ることになるかもしれません。
当初、多額の復旧費用がかかる被災地のガス会社に多くの人が同情的でした。しかし、私は、このガス会社の判断はおかしいと思い続けました。
振り返れば、これが自考です。現場を取材し、自分の心で感じ、自分の頭で考え、また取材を繰り返し、事実を拾い集めました。そうやって書いた記事は、さらに制度の改善につながりました。「これが記者という仕事なんだ」と初めて知りました。
自分が本当におかしいと感じたら、たとえ世界中の人が反対したとしても、こだわり続けるしかありません。既成事実を上回る事実にたどり着ければ、既成事実は覆ります。
岡田 豊
ジャーナリスト
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