(※写真はイメージです/PIXTA)

「自分の頭で考える」ことは、「不可能」と思われていたことを「可能」にします。日大アメフト部と選手たちは、「自分で考える」という大切なことに気づいたはずです。ジャーナリストの岡田豊氏が著書『自考 あなたの人生を取り戻す不可能を可能にする日本人の最後の切り札』(プレジデント社、2022年2月刊)で解説します。

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自分の頭で考えることを放棄した組織

■思考停止したアメフトのエリート選手

 

2018年5月。日本社会の息苦しさを強烈に印象付ける出来事が起きました。動かし難い「伝統」という魔物と、抗し難い「権威」に呑み込まれた一人の青年。彼はアメフト界のエリートでした。そのエリートは、大学で最高レベルのチームに入ることができましたが、自らを失い、言われるがままに、ルールを逸脱し、道を踏み外しました。

 

日本大学アメリカンフットボール部が起こした悪質タックル問題。アメフトの強豪、日本大学フェニックスと関西学院大学ファイターズの伝統の定期戦が東京都調布市で開催されました。日大のM選手は、関西学院大のクォーターバックの選手に反則行為のタックルをしかけ、相手を負傷させました。

 

大学アメフトの強豪、伝統チームの戦いで起きたこの意図的な悪質タックル。プライドのかけらもない卑劣な行為がなぜ実行されたのか。M選手の独断だったのか、監督やコーチがやらせたのか。それぞれの立場の人が、異なる説明をし、真実がうやむやになりかけていました。

 

5月下旬、M選手は、意を決して東京都内で記者会見に臨みました。

 

「5月5日、練習後、Iコーチから『監督にお前をどうしたら試合に出せるか聞いたら、相手のクォーターバックを1プレー目でつぶせば出してやると(監督から)言われた。クォーターバックをつぶしに行くんで僕を使ってくださいと監督に言いに行け』と言われました。『相手のクォーターバックがけがをして秋の試合(定期戦)に出られなかったら、こっちの得だろう、これは本当にやらなくてはいけないぞ』と念を押され、『髪形を坊主にしてこい』と指示されました」。

 

M選手は、監督からは「やる気があるのかないのか分からないので、そういうやつは試合に出さない」などとプレッシャーをかけられていたそうです。

 

また、監督は、M選手が選抜されたアメリカンフットボール大学世界選手権大会の日本代表を辞退するよう迫ったといいます。

 

監督やコーチの目的は、M選手をプレーヤーとして奮起させることだったのかもしれません。しかし、方法が明らかに間違っていました。その間違いに「ノー」と言えず、M選手はチームの絶対的な権力者という闇に呑み込まれました。

 

「本当にやらなくてはいけないのだと思い、追い詰められて悩みました」「いろいろ悩みましたが、これからの大学でのフットボールにおいて、ここでやらなければ後がないと思って試合会場に向かいました。私は監督に対して直接『相手のクォーターバックをつぶしに行くんで使ってください』と伝えました。監督からは『やらなきゃ意味ないよ』と言われました。Iコーチに対して『リードをしないで、クォーターバックに突っ込みますよ』と確認しました。Iコーチからは『思い切り行ってこい』と言われました」

 

反則行為で退場になったM選手は、すぐに事の重大さに気づき、泣いたといいます。M選手によれば、監督は「こいつが成長してくれるならそれでいい。相手のことは考える必要はない」と言ったそうです。

 

M選手が会見する前、日大は、監督は悪質タックルを指示していないと否定しました。指導者による指示と、M選手の受け取り方に乖離があったと主張していました。

 

関西学院大側は疑念を示し、被害者となった選手の父親は遺憾の意を示し、警察に被害届を出します。日大、監督、コーチらは、社会に対して、煮え切らない説明を続けていました。そんな中、会見で言葉をゆっくりと選ぶM選手は、痛々しく見えました。

 

M選手は絶対的な権力を持った伝統的な組織に逆らうことができませんでした。自分の頭で考えることを放棄していました。エリート選手は、大切な自分、大切な個を見失い、過ちを犯しました。そして、日大アメフト部という組織は、チームの勝利という形骸化した大義名分のもと、将来ある青年の「個」を奪い、権力に従う「マシン」に変えてしまったのではないでしょうか。日本人、日本社会の歪んだ姿が凝縮されているように見えました。

 

次ページ「自分で考える」という大切なこと

本連載は、岡田豊氏の著書『自考 あなたの人生を取り戻す不可能を可能にする日本人の最後の切り札』(プレジデント社、2022年2月刊)より一部を抜粋し、再編集したものです。

自考

自考

岡田 豊

プレジデント社

アメリカでの勤務を終えて帰国した時、著者は日本は実に息苦しい社会だと気付いたという。人をはかるモノサシ、価値観、基準の数があまりにも少ない。自殺する人があまりにも多い。笑っている人が少ない。他人を妬む。他人を排…

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