「戦わずして人の兵を屈することができる」
■「智能化戦争」における認知戦
近年の「智能化戦争」をめぐる議論において、改めて認知領域における戦いに焦点があてられている背景には、AIや脳科学といった新たな科学技術分野における研究と技術開発が進展することによって、従来想定されてきた認知領域における作戦の内容や効果を飛躍的に拡大・向上させることが可能になったことがある。
認知領域における戦いで敵を圧倒すれば、物理領域や情報領域における戦いを回避するか局限しつつ、戦争に勝利することができると考えられている。
解放軍元副総参謀長の戚建国は、「相手の認知領域をコントロールしたものは、戦わずして人の兵を屈することができる」と指摘している。「智能化戦争」においては、認知領域における戦いを制することによって、最小のコストで最大の成果をあげる理想的な勝利に近づくことができると論じられているのである。
過去の認知領域における攻防は、主に敵の感知を抑制することであった。しかし、認知科学の発展にともなって、「智能化戦争」における認知領域での作戦の内容は「認知抑制」だけでなく「認知形成」と「認知コントロール」の 三つのカテゴリーに拡大した。
「認知抑制」とは、自らの行動を隠蔽することによって、敵の感知能力を弱体化させたり無力化させたりすることである。現在では情報空間や電磁空間における偵察をめぐる攻防なども「認知抑制」作戦として実行されており、その内容は敵の感知能力の抑制から決定能力の抑制へと拡大している。
「認知形成」とは、敵の思考・習慣や能力、目標、精神状況などを把握することを前提に、偽の状況情報を敵にインプットすることによって、自軍の思い通りに敵に行動・決定させることである。輿論戦、法律戦、心理戦によって敵の決断と意思を動揺させたり破壊したりすることもその一環である。
「認知コントロール」とは、敵の決定メカニズムを改変したり、決定の内容を改竄したりする認知作戦である。 敵の思考や決定・指揮メカニズムを直接コントロールすることを通じて、敵を投降させたり同士討ちさせたりすることで最小のコストで勝利を達成し、敵の決断に影響を与えることで戦わずして勝利することを目指すものだ。
敵の認知をコントロールすることを目指すのは、認知領域での戦いにおいては、認知の究極的な主体である人間の脳を直接コントロールすることができれば、圧倒的な優位に立てるからである。そのため、敵人の脳を支配する「制脳権」の奪取を目的とした「制脳戦」が将来の戦争における新たな姿として想定されるのである。
以上のような中国での認知領域に関する認識は注目すべきだし、認知領域が重要であることに異存はない。しかし、中国の専門家は認知領域を重視しすぎる傾向がある。少なくとも海軍工程大学・李大鵬の「多くの作戦領域のなかで、認知領域はもっとも重要な作戦領域である。戦争は認知領域から始まり、認知領域で終わる」という主張は言いすぎだと思う。
従来からの陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波などの領域も重要であり、情報も重要だ。認知領域も含めて全領域での戦い(全領域戦)を考えるべきだと私は思う。
渡部 悦和
前・富士通システム統合研究所安全保障研究所長
元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー
元陸上自衛隊東部方面総監
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