現代戦争は「全領域戦」という意味とは
■領域(ドメイン)と全領域戦
領域は、「自然に存在する領域(実体領域)」と「人工的な領域」に区分することができる。例えば、陸・海・空・宇宙領域は「自然に存在する目にみえる領域」であり、電磁波領域は「自然にも存在するが人工的で目にはみえない領域」である。
そして、「人工的な領域」として、サイバー・情報・認知(cognition)・技術・政治・外交・経済・文化・宗教・メディア・歴史などがある。とくに認知領域はヒューマン領域とも呼ばれ、最近非常に注目されているが、認知領域における戦い(認知戦)は中国の数千年の戦争史を通じて一貫して存在しており、古代の中国では「攻心術」や「心戦」と称されていた。
例えば原始社会においては、太鼓の音や足踏みのリズムなどをもちいて味方の士気を高めるとともに、敵を精神的に威圧する認知戦がおこなわれた。認知領域は、実体領域における破壊と支配だけでは対処できないイデオロギーや宗教・信仰、民族アイデンティティといった新たな問題に対処する必要性から重要な領域として認識されはじめた。
各々の領域を舞台とする戦い(warfare)があり、陸戦、海戦、空戦、宇宙戦、サイバー戦、電磁波戦などと記述する。また、情報領域での戦いは「情報戦(Information Warfare)」だが、そのなかには政治戦(統一戦線工作を含む)、影響工作(Infl uence Operation)、心理戦などがある。認知領域での戦いは(認知において人間の脳をコントロールする意味で)「制脳戦」や「認知戦(Cognitive Warfare)」と呼ぶ。さらに、AI同士の戦いを「アルゴリズム戦」と呼ぶ。
そのほかにも金融戦、貿易戦、外交戦、文化戦、宗教戦、メディア戦、歴史戦、技術戦、デジタル戦など多数考えられる。なお、各領域での戦いはそれぞれが独立して存在するものではなく、相互に重複する部分がある複雑な様相を呈している点が重要である。例えば、中国やロシアが多用する情報戦、影響工作、認知戦、心理戦は密接不可分な関係がある(図1-1参照)。
現代戦は、戦いの目的に応じて、各種領域における戦いを融合した形式でおこなう。以上のような考察をすると、中国の『超限戦』は全領域戦であるといえる。それをまとめると図1-2になる。つまり、目標を達成するためにあらゆる軍事的手段や非軍事的手段、目にみえる手段と目にみえない手段を組み合わせて戦うということだ。
中国が一番重視しているのが情報戦(とくに影響工作)だ。通常の民主主義国家の情報戦は、主として軍事作戦に必要な情報活動を意味する。しかし、中国は情報戦を広い概念でとらえていて、解放軍の軍事作戦に寄与する情報活動のみならず、2016年の米国大統領選挙以来有名になった政治戦、影響工作、心理戦、謀略戦、大外宣戦(大対外宣プロパガンダ伝戦)などをすべて含むものだと理解すべきであろう。
解放軍にとっては情報戦が現代戦のもっとも基本となる戦いになる。情報戦を基本として、宇宙戦、サイバー戦、電磁波戦などがある。中国ではこれらすべての戦いを担当する非常に重要な戦略支援部隊(SSF:Strategic Support Force)が存在することは全領域戦の観点で特筆すべきことであり、のちほど紹介する。