「大丈夫。息子にもそう言っておいてくれ」から急展開
ただし、相続は放棄することもできる。一般的には借金の相続を避けるために放棄する人が多いが、遺産分割のトラブルを避けるために放棄する人もいる。レスラーさんの場合は後者のケースに入る。再婚相手に相続の権利が発生することで、子どもたちともめてしまう可能性を未然に防ぐため、再婚相手に相続を放棄してもらったというわけだ。
「ちゃんとできたのかい? 一度、私が書類を見ようか?」私はそう提案した。レスラーさんとは節税の話などはよくしてきたが、相続について話した記憶はない。おそらく自分で調べたり、手続きをした弁護士に聞いたりしたのだろうと思ったが、不備があるかもしれない。「大丈夫だよ。息子にもそう言っておいてくれ」レスラーさんはそう言って電話を切った。
取り越し苦労だったか。私はそう考え、笑ってしまった。レスラーさんらしい根回しだと思ったからだ。レスラーさんは金にうるさい。コツコツと築いてきた財産を簡単に誰かに渡したりはしない。次男に譲ったとはいえ、会社も大事だ。そう考えて、相続放棄を思いついたのだろう。私は受話器をとり、次男に電話をかけた。再婚相手とは相続放棄の約束をしたらしい。そう伝えると、次男も安心したようだった。
レスラーさんが亡くなったのはそれから2年後のことだ。66歳だった。滅茶苦茶な人だったが、だからこそ、いなくなると寂しいものである。仕事上でもたくさんの人に信頼されていたようで、葬儀には多くの人が参列した。
それから間もなくして、私は相続の手続きを手伝った。とくに難しいことはない。再婚相手が相続を放棄しているため、土地、建物、現金を子ども2人で分ければよい。父と長男は不仲だったが、長男と次男は仲よしだ。取り分でもめることもなかった。
しかし、思ってもいないことが起きる。葬儀の数日後、次男が事務所に電話をかけてきた。
「先生、父の再婚相手は相続を放棄しているんですよね」