潰れるのは兄か、会社か。「父の暴力は酷くて…」
「高校生の頃まで、兄貴はよく親父に殴られていました」ある時、次男がそう言っていた。次男は高校を卒業してすぐにレスラーさんの会社に入り、のちに会社を継ぐことになる。彼とも長い付き合いで、私はいつも甥っ子のような感覚で接していた。次男はレスラーさんの子どもとは思えない優しい性格で、今も順調に会社を経営している。
「お兄ちゃんは辛かっただろうね」「ええ。なにしろ元レスラーですし、そのころはまだ親父も若く、力がありましたからね。部屋の端っこまでふっ飛んでいました。僕はそれが怖くてね。10代のころは、ずっと親父の機嫌を伺いながら生きていたような気がします」
「お兄ちゃんが会社を継がなかったのも、レスラーさんとの確執があったからかい?」「いえ。兄はもともと継ぐ気がなかったようです。親父も継がせる気がなかったのでしょう。それでよかったのだと思います。継いでいたとしたら毎日喧嘩になっていたでしょうから」次男はそう言って笑う。
「仕事にならないな」「ええ。会社が潰れるか、兄がストレスで潰れていたと思います」
レスラーさんが地元に小さな自社ビルを建てたのは、彼が60歳に差し掛かるころだった。工場兼オフィスのビルである。
ちょうどその頃、長男が結婚し、子どもが生まれた。レスラーさんにとって初孫だった。親子の関係にはもともと溝があったが、この頃からさらにお互いの距離が遠くなった。
仕事以外のことでは、やることなすこと滅茶苦茶なレスラーさんだったが、世間一般のおじいちゃんたちと同じで、やっぱり孫は可愛い。生まれて間もない頃などは、決算の相談などで私の事務所に来たときも、携帯電話で撮った孫の写真を自慢げに見せた。会社経営が順調だったこともあり、話の内容も会社のことより孫のことが中心だった。
「なあ、可愛いだろう」レスラーさんが目を細めていう。
「ああ、可愛いねえ。そろそろ1歳かい」