老人ホームは家族が抱える問題を解決しない
もちろん、親子間の関係性がよくないから、という背景があります。当然ですが、親の容態が急変し入院したと連絡した途端に、タクシーを飛ばして病院に駆けつける家族も多くいます。むしろ、こちらの家族のほうが、私が働いていた老人ホームでは多かったと思います。
私は何も、親子の関係があまりよくない、だから、親を老人ホームに追い出して、平穏な生活を手に入れよう、と考えること自体を否定するものではありません。選択肢の中で、このような決断をしなければならないケースはあると思います。
さらに言うと、私たちは、その瞬間しか立ち会うことがないので、その部分だけを見て、「ひどい子供だ。これでは親がかわいそう」などと思ってしまいがちですが、人間関係がおかしくなってしまうまでには、長きにわたりさまざまないきさつや葛藤があったのかもわかりません。いずれにしても、他人には理解ができない部分です。
老人ホームは、けして家族間で抱えている問題や課題を解決してくれるところではありません。家族間で解決できない難問を、老人ホームが解決できるわけがありません。「入居者や家族に寄り添う介護」を標榜している老人ホームは多くありますが、彼らができるせめてものことは、多少の時間であれば、話を聞いてあげることや、必要があれば医者や弁護士など専門家を紹介してくれることぐらいです。親身になって相談には乗ってくれるでしょうが、当然、入居者はあなた一人ではありません。あなたは、入居者100人のうちの一人にすぎません。
介護の大部分は、お金があれば解決することができます。しかし、本当に大切なことはお金では解決することができません。よくよく考えれば当たり前のことですが、よく理解しておいてください。
お金のことを考えることは、死のことを考えるということ
お金のことを考えた場合、いったい、いくらあれば自分は十分なのだろうかということになります。つまり、自分はあと何年生きるのか? ということを考えなければなりません。
人間とは不思議な生き物で、死ぬことを考えると、自然と、どうやって生きていこうかと、生きることを考えるようになります。以前、私が老人ホームの運営をしていたころ、入居者の余命を一人ずつ書き出したことがあります。何を不謹慎な、と言われるかもわかりませんが、最後まで聞いてください。
ある入居者の容態が急変し亡くなってしまったことに端を発します。ある入居者とは、まったくノーマークの入居者でした。つまり、誰も死ぬとは思っていなかった入居者です。多くの介護職員は、この突然の死に対し、ただただ、悲しみに暮れ、泣くばかりです。