老人ホームを病院と勘違いしてはいけない
Dさんは本当に穏やかで無口な男性の入居者です。常時、車いすを使用しなければならない身体でしたが、自分で車椅子の車輪を器用に操縦し、自由にホーム内を走り回っています。脳疾患の影響で、多少言語に不自由なところはありましたが、その人柄のお陰で、どの介護職員とも良好な関係を構築できているので、まったく心配はありませんでした。
ただ一つ、介護職員を困らせていたのはDさんの家族、特に長女の存在でした。彼女には、何度も何度も説明をしているのですが、どうも老人ホームを病院と勘違いしているところがありました。ある日Dさんが誤嚥性肺炎で発熱した際、老人ホームの看護師と主治医の判断で、設備の整った病院に入院させて様子を見たほうがいいという結論になり、主治医のよく知る病院へ入院させたことがあります。
その知らせを受けた長女から「なんで入院をさせたのか?」「ホームで見ることができるのでは?」というクレームを受ける羽目になりました。老人ホームには昼間だけだが看護師が常駐し、さらに主治医もついているので、別の病院に入院をしなくとも老人ホーム内で治療ができるはずだと、主張したのです。
この主張は、実は理解できないことではありません。実は私も、老人ホームで働き始めたころは、彼女と同じような考えを持っていました。なんで、この老人ホームは入居者をすぐに病院に連れて行くのだろうか?看護師もいるし、主治医もいるのに……と。素人目で見ると、老人ホーム内には、病院で使うような機器もたくさんあります。それこそ、医師の指示さえあれば、看護師により点滴をすることも可能です。
しかし、老人ホームは、介護保険法上は施設ではなく「在宅」というカテゴリーに入ります。平たく言うと、自宅にいるのと“同じ”ということになります。自宅で具合が悪くなれば救急車を呼び、病院に行きます。それとまったく同じなのです。老人ホームには、たしかに看護師が常駐していますが、当然、ごく少数の看護師がいるにすぎません。老人ホームの主役はあくまで介護職員であり、介護職員は入居者の生活をサポートするために配置されているのであり、医療対応をするためにいるわけではありません。つまり、家族に代わって「見守り」や「お手伝い」をしているだけなのです。