いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

全職員から嫌われていた気難しい入居者

かつて私が働いていた老人ホームにおいて、ほぼ全職員から嫌われていたAさんのケースについて話を進めながら、見ていきましょう。

 

その人・Aさんは元有名大企業の人事部長の職にあった立派な方です。脳疾患で右半身に麻痺が残り、私の勤務する老人ホームへ入居が決まりました。身元引受人である長男と老人ホームのケースワーカーとの入居前のアナムネ(Aさんに関する情報収集のための打ち合わせ)によると、Aさんは93歳。奥様に先立たれてからは、自宅で気ままな一人暮らしを楽しんでいたそうです。

 

麻痺した身体を受け入れられず……。(※写真はイメージです/PIXTA)
麻痺した身体を受け入れられず……。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

しかし、今から1年前に脳梗塞を患い、入院。発見が早く一命はとりとめたものの右半身に麻痺が残り、病院の医師からは「自宅での一人暮らしは難しい」と診断されました。兄弟間で協議の結果、長男宅で引き取って面倒を看ることとなったのです。

 

しかし、運悪く、その長男は会社の命令で関西地方の支店に転勤することになり、受験を控えた子供と奥さまとAさんの3人で暮らしていくことになってしまいました。Aさんは長男宅にて、主とした介護者は長男の奥さまがし、それを補助する役割として近隣の介護保険事業所のサービスを利用していましたが、元来気難しい性格。身体の自由を失ってからは、さらに気難しさに拍車がかかり、奥さまをはじめ介護事業者に対しても、自分の思うとおりにいかないことが起きると、麻痺の身体で体当たりの暴力を振るうようになり、介護事業者からは、「身の危険を感じるから」という理由でサービス提供を拒否され、奥さまも精神的に追い込まれうつ状態になってしまいました。

 

結局、長男が老人ホームに入れる以外に選択肢はないと決断し、Aさんには、奥さまが体調不良で入院してしまったと嘘をつき、退院までのしばらくの間、老人ホームで生活をしてほしいと頼みこんで仕方なく入居という流れでホームに来ました。ちなみに、老人ホームに入居後、長男や奥さまが老人ホームのAさんを訪ねてきたことは一度もなかったということも、付け加えておきます。

 

Aさんの老人ホーム内での生活も、自宅と同様「介護拒否」から始まりました。終日自室に閉じこもり、入浴も食事も拒否しています。しかし、そこは介護職員です。素人とは違い、手を替え、品を替え、説得に当たり、徐々に入浴や食事のために自室から出てくるようになっていきます。

 

Aさんにとって、運が良かったことは、私がいたホームは当時の老人ホーム業界でも一、二を争う困難事例の高齢者を積極的に受け入れることで有名なホームだったことです。介護職員の中には、困難になればなるほど燃えてくる介護馬鹿タイプの職員も多く、自分が「なんとかしてやろう」という猛者も存在していました。Aさんは、本人の気質もありますが、なにより体が麻痺し、自由が利かない、思うような行動をとれないことに対し、素直に受け入れることができなかったようです。常にイライラした状態の中で日々を過ごしていました。入浴一つをとっても、なかなか自分の気に入った適温にならず、そのたびに介護職員に対し暴言を吐き、相手が女性だと見るや自由な左足で職員を蹴り飛ばすという行為を繰り返し、職員の間でも問題になっていました。

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誰も書かなかった老人ホーム

誰も書かなかった老人ホーム

小嶋 勝利

祥伝社新書

老人ホームに入ったほうがいいのか? 入るとすればどのホームがいいのか? そもそも老人ホームは種類が多すぎてどういう区別なのかわからない。お金をかければかけただけのことはあるのか? 老人ホームに合う人と合わない人が…

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