父は要介護4といっても、他の入居者に比べれば軽症に見える。特養にはかなり要介護度が進んだ入居者も多いので、比べてしまうと父が健康で問題がない普通の人に見えるのだろう。
「家に帰りたい」「こんなところに閉じ込められた俺の気持ちがわかるか?」父は母に対してのみ、感情剥きだしになって愚痴をこぼすので、母の中で再び罪悪感が鎌首をもたげてきたのだ。
母はほぼ毎日電話をかけてきて、「死を待つだけの施設なんて、お父さんにはまだ早いんじゃないかしら。ショートステイとデイサービスをうまく組み合わせれば、自宅でも大丈夫だと思うの」と話す。いやいやあの「戦慄のインフルエンザ家庭内感染」や「地獄の16日間戦争」をもう忘れちゃったの? 母も認知症が始まったかと思うほど、しつこい。
おまけに、施設のケアマネージャーにも相談したいと言う。多忙な人を捕まえて無意味な相談をしようなんざ愚の骨頂。気分は『サンデーモーニング』(TBS)の御意見番・張本勲(はりもといさお)の「喝(かつ)!」だ。
「今のまあちゃんは約3割がまともだけど、残りの7割は認知症患者なんだよ。認知症は今後どんどん進んで、まともなまあちゃんの割合は減るんだよ?」しかし、感情的になっている母にはまったく響かず。翌日、ケアマネさんにわざわざ時間をもらうことになった。
ケアマネさんは穏やかな口調で説得してくれた。「要介護度4で在宅介護は現実的にかなり厳しいです。ご家族にお伝えしていませんでしたが、夜中に排泄の失敗も多いです。今、特養を退所してしまうと、その後、何年も入所できなくなると思いますよ」すると、驚くほどあっけなく納得する母。私も同様の話をさんざんしたというのに! 舌打ち百万回である。
母のような昭和初期生まれの世代の人は、医者だの弁護士だの教員だの、国家資格取得者になぜか弱い。センセイと呼ばれる人には敬意を払うのが当然と思っている。また、プロフェッショナル、専門職の人のひと言にもすぐなびく。
ま、ケアマネさんのおかげで、母の病はすんなりというか、あっけなく収まったのだから、感謝の気持ちしかない。ケアマネさんも母の発作を理解してくれているようで、いやな顔ひとつせず協力してくれた。ホント、ありがとうございます。
【次回に続く】
【第1回】「かってきたよ゜」父のメールに、認知症介護の兆しが見えた
【第2回】垂れ流しで廊下を…認知症の父の「排泄介護」、家族が見た地獄
【第3回】在宅介護はいたしません…認知症が家を「悲劇の温床」に変えた
【第4回】認知症介護の無力…父は排泄を失敗し、字が書けなくなった
【第5回】多額の年金をおろせない…「認知症の父」が母を号泣させるまで
【第6回】排泄失敗で「ごめんね」…認知症の父の変化に、翻弄される家族
【第7回】認知症の父「捨てるな!」…母、介護疲れで家族の思い出を処分
【第8回】老々介護という牢獄…心が壊れた母、床に転がる「認知症の父」
【第9回】「サヨウナラ」認知症の父を老人ホームに入れようとしたら…
【第10回】年金「23万円」の認知症の父…施設探しで、経済的な壁に唖然
【第11回】認知症の父の絶叫「俺が死ぬのを待っているのか!」に母は…
【第12回】「包丁つきつけるから!」認知症の父に母絶叫、介護疲労の壮絶
吉田 潮