「長者番付」1位は誰だった?戦後日本の“お金持ち”をたどると見えてくる、石炭王→企業経営者→土地長者→IT長者の変遷

「長者番付」1位は誰だった?戦後日本の“お金持ち”をたどると見えてくる、石炭王→企業経営者→土地長者→IT長者の変遷
(※写真はイメージです/PIXTA)

かつて日本には、高額な所得や納税額を得た人の氏名などを公表する「高額納税者公示制度」がありました。一般に「長者番付」と呼ばれたこの制度は、昭和22(1947)年から平成17(2005)年まで続きました。そこに名を連ねた人々を時代ごとに追っていくと、戦後日本の産業構造や経済の変化が浮かび上がります。石炭会社の経営者、メーカーの社長、土地を売却した「土地長者」、そしてIT関連事業で成功した人々――。今回は、長者番付の変遷から、日本の「お金持ち」の姿がどのように変わってきたのかを見ていきます。

最高税率は80%超…戦後の「長者番付」には誰がいた?

公示制度が導入された昭和22年度の所得税の最高税率は85%、昭和23年度は80%でした。

 

昭和21年度から昭和23年度までは、さまざまな職業の人が公示されています。しかし、昭和24年度以降になると、石炭会社の経営者が登場するようになります。

 

昭和29(1954)年度以降の上位には、石炭会社の経営者が第4位、第5位に入っています。一方、上位3人はメーカーの社長で、三洋電機社長の井植歳男氏、松下電器産業社長の松下幸之助氏、ヤンマーディーゼル副社長の山岡康人氏が名を連ねています。

 

朝鮮戦争による軍需景気を背景に日本経済が復興へ向かった昭和29(1954)年度には、ランキング1位の所得は1億1,381万円でした。

 

当時、個人所得に対する最高実効税率は80%を超えていたため、ランキング上位の所得者は相当に重い税負担を負っていたことになります。

 

「石炭王」から会社経営者へ…高度成長で顔ぶれが変わる

昭和33(1958)年の上位10人を見ると、石炭会社の経営者は姿を消しています。

 

戦後から昭和30年代初期にかけて、石炭業界は花形産業の一つでした。東京大学の学生にとっても、石炭業界は有力な就職先の一つだったといわれています。

 

しかし、日本経済の成長とともに産業構造は変化し、長者番付の上位に登場する人々の顔ぶれも変わっていきました。

 

昭和29年度には、すでにメーカーの経営者が上位を占めていました。戦後復興から高度経済成長へと向かうなかで、企業を成長させた経営者が巨額の所得を得る時代へと移っていったのです。

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