日経平均7万円時代に考える「貯蓄から投資へ」の25年――日本の株価政策と税制改革

日経平均7万円時代に考える「貯蓄から投資へ」の25年――日本の株価政策と税制改革
(※写真はイメージです/PIXTA)

日経平均株価が一時7万円台を突破し、日本株への期待が高まっています。AIや半導体関連企業への投資、円安による輸出企業の業績改善、企業収益の回復などが株価上昇の要因として挙げられています。一方で、現在の株価水準に至るまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。バブル崩壊後、日本株は長期低迷を経験し、かつては日経平均株価が7000円台まで下落した時期もあります。その過程で政府は「貯蓄から投資へ」という政策を掲げ、金融所得課税の見直しやNISA制度の導入など、家計資産を投資へ向かわせるための制度整備を進めてきました。日本の「貯蓄から投資へ」はどこまで進んだのでしょうか。

 ゴールドオンライン新書最新刊、Amazonにて好評発売中! 

父が溶かした退職金【上巻】・【下巻】
小林篤典(著)+ゴールドオンライン(編集)

シリーズ既刊本も好評発売中 → 紹介ページはコチラ!

日経平均7万円台突破――株価上昇を支える複数の要因

日経平均株価は、2026年6月16日の東京株式市場で取引時間中に史上初めて7万円(一時7万0020円68銭)の大台を突破しました。

 

この株価好調の背景については、各方面からさまざまな要因が指摘されています。代表的なものとしては、AIや半導体関連企業の将来性を期待した投資の拡大、円安による輸出企業の業績改善、企業収益の回復などが挙げられます。

 

しかし、日本株の歴史を振り返ると、現在の状況とは対照的に、長期間にわたる低迷期が存在しました。

 

バブル崩壊後、株価は大きく下落し、平成10年以降では、小渕内閣、森内閣、小泉内閣の時期に厳しい状況が続きました。特に小泉内閣時代には、日経平均株価が7,000円台まで下落する場面もありました。

小泉内閣の構造改革から始まった政策転換

この時期、小泉内閣が掲げた「骨太の方針」では、「聖域なき構造改革」が大きな柱となりました。その一環として打ち出された政策が「貯蓄から投資へ」という考え方です。

 

ちなみに、「骨太の方針」という言葉は、その後の歴代政権でも使用され続けています。用語が誕生してから25年以上が経過した現在でも、高市内閣において政策方針を示す際の重要なキーワードとなっています。

 

戦後の日本では、経済復興を支えるため、国民に預貯金を促す政策が長く続けられてきました。貯蓄奨励の観点から預貯金に対する非課税制度も存在し、家計資産は銀行預金を中心に形成されてきたのです。

 

一方で、証券市場の復興も進み、昭和36年には「銀行よさようなら、証券よこんにちは」というキャッチフレーズが登場するなど、株式投資への関心が高まった時期もありました。

 

しかし、1964年には証券不況が発生し、株式市場への期待は一時的にしぼむことになります。

 

次ページバブル崩壊後の税制改革――金融所得をどう把握するか

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録