本当に警戒すべきなのは「契約が残ること」
では、今回の報道で本当に注目すべき点は何なのだろうか。
貝井氏は、「簿外債務」が貸借対照表に計上されていないことではなく、AI需要が想定を下回った場合でも契約上の支払い義務が残る点こそが本質的なリスクだと指摘する。
「問題は、AI需要が想定を下回り、設備から支払額に見合う収益を得られなくなっても、契約を簡単に解約できなければ支払いが続くことです。収益は不確実である一方、契約を簡単に解約できなければ、将来の支払いは残ります。十分な収益を得られず投資を回収できない場合にも、契約上の支払いが残ることが、今回の『簿外債務』の本質的なリスクです」
つまり、AI市場が想定どおり拡大すれば、GPUやデータセンターへの投資は将来の収益を生み出す先行投資となるが、もし需要予測が外れれば、設備から十分な収益を得られない一方で、契約に基づく支払いは続く可能性がある。
AI向け半導体は技術革新のスピードが速く、設備の陳腐化も早い。データセンターの建物や電力設備には一定の転用可能性があるものの、AI向けに特化した設備は用途変更が難しく、期待した収益を確保できなければ減損損失の計上や投資回収期間の長期化につながるおそれもある。
投資家は貸借対照表だけで判断してはいけない
今回の報道では、「貸借対照表に表れない債務」という点が注目を集めた。だが、貝井氏は、投資家が財務状況を判断する際には貸借対照表だけを見ても十分ではないという。
「『簿外債務』という言葉は、必ずしも企業が意図的に債務を隠していることを意味しません。偶発債務や債務保証、購入契約上の支払義務など、会計基準上は貸借対照表に計上されず、財務諸表の注記で開示されるものも広い意味では簿外債務に含まれます」
これまで、退職給付債務や資産除去債務、リース債務など実質的な将来負担を貸借対照表へ反映する方向で会計基準の見直しが進められてきたが、今回の購入契約は性質が異なる。
退職給付債務は従業員からすでに勤務の提供を受けたことで発生しており、資産除去債務も設備を取得・使用した時点で将来の撤去義務が生じている。
これに対し、GPUやデータセンターの購入契約では、現時点では設備の引渡しも支払いも行われていない。
この違いから、現在は貸借対照表に資産・負債を計上せず、重要な契約については財務諸表の注記で情報を補う仕組みになっているという。
貝井氏は、投資家が確認すべきポイントとして次のように話す。
「投資家は貸借対照表だけでなく、財務諸表の注記に記載される『契約上の支払義務』『購入契約』『リース』『債務保証』『偶発債務』などを確認する必要があります。さらに、キャッシュ・フロー計算書の設備投資額や営業キャッシュ・フロー、会社が示す今後の設備投資計画も重要です」
機関投資家や証券アナリストは通常、こうした注記や決算説明資料まで確認したうえで企業価値を分析している。
もっとも、契約内容や解約条件が複数の注記に分散して記載されることもあり、情報が開示されていることと、そのリスクが市場で十分に織り込まれていることは必ずしも同じではないという。
エンロン事件とは本質的に異なる
「簿外債務」と聞いて、米エネルギー大手エンロンの粉飾決算事件を思い浮かべる人もいるかもしれない。
しかし、貝井氏は今回のケースは本質的に異なると説明する。
エンロンは、特別目的会社(SPC)を利用して債務や損失を本体の貸借対照表から切り離す一方、将来得られると見込んだ利益を現在の利益として先取り計上していた。これに対し、今回のビッグテック各社は、将来の利益を先に計上しているわけではなく、契約上の支払義務についても財務諸表の注記などで一定の情報開示を行っている。
「今回のケースはエンロン型の粉飾とは本質的に異なります。一方で、貸借対照表や損益計算書の数字だけでは企業の実態を十分に把握できず、注記まで確認する必要があるという教訓は共通しています」
貸借対照表だけでは見えない契約上の義務まで含めて企業を評価することが、投資家に求められている。
