車・ボート・馬に明け暮れ、趣味に億を溶かす…後に日本のホテル御三家の一角を築く「破格の御曹司」の正体

車・ボート・馬に明け暮れ、趣味に億を溶かす…後に日本のホテル御三家の一角を築く「破格の御曹司」の正体
(※画像はイメージです/PIXTA)

明治の世に、イタリア製の超高級レースカーを軽々と購入し、ヨーロッパを爆走した日本の若者がいた。その名は、大倉財閥の御曹司、大倉喜七郎。彼は後に日本のホテル御三家の一つ、「ホテルオークラ」の礎を築く。留学中にボートレース、カーレース、乗馬に明け暮れ、趣味のために惜しみなく私財を投じる。本稿では、ノンフィクションライターの永宮和氏の著書『ホテルオークラに思いを託した男たち』(日本能率協会マネジメントセンター)より、大倉喜七郎の常識外れの行動力と情熱の正体に迫る。

喜八郎の父

 

喜八郎は、鬼籍に入る直前の91歳になるまで家督を喜七郎に譲らなかったが、譲りたくても譲れなかったというのが実情かもしれない。父親が築いた財閥傘下の既存企業の経営にはあまり興味がなく、父親の現役引退後もお飾りとしての会長職につくだけで、会社の舵取りは義兄や大倉家の番頭たちに任せていた。たまに成功意欲に駆られて新規事業に挑むのだが、そこで大赤字をだして父親の怒りを何度も買った。

 

そんな喜七郎だったから、父親とちがって一代記が書かれることもあまりない。唯一、異母弟の大倉雄二(大倉家向島別邸女中頭・久保井ゆうの二男)が書いた『男爵元祖プレイボーイ大倉喜七郎の優雅なる一生』(以下『男爵』)が伝記といえば伝記である。しかしこれは喜七郎の伝記というよりも、異母兄との関係を描きながら自身の人生を綴った雄二本人の自伝というべき性格の本だ。

 

そしてその内容は、一族の長を奉り称えるといったたぐいのものではない。むしろ庶子という立場での、37も齢の離れた嗣子に対する複雑な心境がフィルターとなることで、客観的に、冷静に喜七郎の人間像を描いている。

 

だから参考になるし、あとがきで本人が明かしているとおり部分的にフィクションを含んでいることに留意する必要がある。雄二は、喜七郎が出資していた文藝春秋の編集部に勤務し、俳優の芥川比呂志や作家の堀田善衞と親交を結んだ。『男爵』は同社を定年退職したのちに書いたものである。

 

本文注

1) 大倉文化財団理事長・村上勝彦「大倉喜七郎の主な活動と年譜」。

 

2) 霞会館『御料車と華族の愛車』第4章「モータースポーツと華族」P104。

 

3) 日本銀行調査統計局「企業物価指数(戦前基準指数)」を参考。

1910年(明治34年)の企業物価指数が0.469、2019年は698.8。換算すると当時の1円は現在の1490円に相当する。ただし白米価格から換算すると5000円、小学校教諭初任給から換算すると2万円と大きな幅がある。

 

4) 『東京朝日新聞』1898年(明治31年)1月11日付記事「自動車の初輸入」をもとに複数の時代考証専門家や自動車史家などが考証を進めた結果、そういう結論に達した。

 

5) 小山騰著『破天荒〈明治留学生〉列伝』P193。

 

6) 霞会館『御料車と華族の愛車』P104。

 

7) 大倉雄二『男爵』P177。ただしこの部分の記述はフィクションの可能性もある。

 

8) 1882年(明治15)に福沢諭吉が創刊した日刊紙で、戦前の五大新聞の一つ。大倉喜七郎のレース参加に関する記事掲載は1907年6~7月ごろと思われる。

 

9) 霞会館『御料車と華族の愛車』P178。

 

10) 略称JAHFA。「日本における自動車産業・学術・文化などの発展に寄与し、豊かな自動車社会の構築に貢献した人々の偉業を讃え、殿堂入りとして顕彰し、永く後世に伝承してゆくこと」(ホームページより)を主な活動とする特定非営利活動法人。

 

11) 『時事新報』掲載の同乗記連載「自動車旅行」(1908年9月13日~23日の7回連載)

 

12) 中日本自動車短期大学論叢第17号大須賀和美「日本自動車史の資料的研究」

 

 

永宮 和

ノンフィクションライター、ホテル産業ジャーナリスト

 

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本連載は、永宮和氏の著書『ホテルオークラに思いを託した男たち』(日本能率協会マネジメントセンター)から一部を抜粋し、日本のホテル御三家の一角・ホテルオークラの経営について詳しくご紹介します。

ホテルオークラに思いを託した男たち

ホテルオークラに思いを託した男たち

永宮 和

日本能率協会マネジメントセンター

【内容紹介】 大倉喜七郎の生涯と、彼が人生最後の記念碑としてつくりあげたホテルオークラの誕生秘話、そして経営を託された野田岩次郎との二人の約束からはじまる知られざる歴史と、脈々と続く熱き経営への思いがいま明かさ…

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