2024年定義~当面の人口減少とポストグロースを意識
しかしその後、バブル経済崩壊後の長期にわたる経済停滞を経て、少子高齢化時代となり、ポストグロースという前提の下でマーケティング活動をどのように再定義するのか、本改訂の核心となっていた。
その一つは、「持続可能な社会の実現」をマーケティングの中心的役割と位置付け、事業活動を通じて社会価値を創出する視点である。これは、企業が社会的課題の解決に貢献しながら経済的価値を創出する経営を目指す「共有価値(Creating Shared Value, CSV)」の考え方とも合致しており、企業を始めとする幅広い主体による今後のマーケティング活動の方向性を示すものといえる。
改訂のポイントは「価値共創」「関係性」「構想」
新たに改訂された定義の細部に目を移すと、「顧客や社会との価値共創」「ステークホルダーとの関係性の醸成」「持続可能な社会の実現に向けた構想」などの細かい表現1つ1つにその核心が見えてくる。
まず、「顧客」と「社会」が並列に置かれて表現されている点は特筆すべきである。1990年の定義では、「マーケティングは顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う」と表現されている。顧客という言葉には、本来のカスタマー以外の住民や地域社会など広義の社会的な存在も含意されていたが、今回の改訂では「顧客」と「社会」が明確に分かれて表現されており、かつ並列に扱われている点は重要な変化である。
また、「関係性の醸成」という点にも注目したい。過去のマーケティングの中心概念は長らく、モノやサービス、モノとモノをやり取りする「交換※16」に置かれていたが、今回の定義からそのニュアンスが後退している。これは100年以上に及ぶマーケティング史でも画期的な変化である。この変化には、マーケティングを一過性の取引ではなく、長期・継続的な関係と位置付ける「関係性マーケティング」の考え方が反映されている。
背景には、SaaS(Software as a service)などのデジタルサービスの普及や、関連するビジネススキームの変化がある。さらに、顧客生涯価値(Customer Lifetime Value, CLV)を重視する姿勢など、企業はより長期的な視点で顧客を資本として捉える考え方へと移行している。
極論すれば、製品やサービスは単なる手段にすぎず、企業の目的は顧客や社会との関係構築にある、とも解釈できるだろう。したがって、実務的によく用いられている「顧客満足(CS)」の考え方も、NPS(ネット・プロモーター・スコア)に代表される様な一過性の指標にとどまらず、今後は長期・継続的な関係性の維持・発展を評価する指標を加えていく必要がある。
また、「構想」という表現にも着目したい。企業の事業計画や方針で用いられることも多い「戦略」という言葉が、まったく用いられていない点は示唆的である。1990年代の定義では「顧客との相互理解を得ながら、公正な競争」と表現されていたが、今回の改訂では、マーケティング活動において、「競争」によって何か獲得するのみならず、むしろ「共創」によって顧客と共に価値を築くことの重要性が強調されていると言える。

