(写真はイメージです/PIXTA)

さまざまな政策をもとに、日本では多くの外国人が活動・活躍していますが、「外国人」という言葉は曖昧で、制度と現実の間に乖離を生み、課題が生じた際に対応の遅れにつながることが懸念されています。そこでニッセイ基礎研究所の鈴木智也氏が、外国人政策に係る言葉の曖昧さと日本で一般的に用いられる言葉のイメージとの違いを明らかにし、政策議論における言葉の定義の重要性について考察していきます。

3―単純労働とは?

単純労働というとき、その内容や範囲は曖昧で、明確な定義がないことが少なくない。ここでは、技能水準(スキルレベル)に基づく区分と、日本で一般的に使用される概念の違いについて整理する。

1|国際標準分類(ISCO)に基づく定義

労働者のスキルレベルは、統計的には職業分類に基づく「職業レベル」と、資格に基づく「教育レベル」によって分類される。両者には密接な関連があり、欧米諸国などにおいては、職業が教育レベルに応じて決まる国も少なくない。

 

たとえば、国際労働機関(ILO)が策定した「国際標準職業分類(ISCO)」は、国際比較において用いられることが多い。ISCOでは、スキルレベルは「課業や責任がどの程度複雑なものか、どの範囲までの課業・責任を含むのかといった職務自体の困難さや職務範囲の広さに関係した概念」であり、従事する仕事の性質や、職務の遂行に必要なスキル、OJTや関連職業における経験、教育レベルなどによって区分される*5。スキルレベルは4段階(レベル1最低~4最高)であり、それぞれの職業に格付けが行われる。なお、この格付けは職務に対するものであって、個人に対するものではない。スキルレベルの意味するところは、その職業における初期段階の仕事を遂行するための能力とされる。

 

この中で、単純労働は「主に身体を使って行う単純かつ定型的・反復的な作業に従事するもの」と定義され、スキルレベル1が適用される「単純労働(Elementary Occupations)」という項目に分類される。その特徴は、(1)作業を遂行するために特別の資格・知識・技能・経験を必要としないこと、(2)就労当日のうちに当該作業を支障なく遂行することが可能であること、(3)通常、監督者の指示のもとに行う定型的な作業であって、判断を要する非定型的な事態への対処は行わないこと。国際連合教育科学文化機関 (UNESCO) が策定した「国際標準教育分類(ISCED)」との対応で言えば、「初等教育(Primary education)」が該当し、小学校卒業程度の教育レベルに相当する。

 

具体的には、街頭での物品販売、清掃作業、荷物の配達、手荷物の運搬、自動販売機への商品補充、ごみ収集、農林漁業の単純作業、採掘・建設・製造・輸送における単純作業などが含まれる。

 

*5:独立行政法人労働政策研究・研修機構 西澤弘「職業分類の改訂記録―厚生労働省編職業分類の2011年改訂―」(2012年3月16日)

2|日本における単純労働の位置づけ

日本の標準職業分類には、ISCOが導入したスキルレベルに基づく分類基準は導入されていない。日本では、教育と職業との対応関係が欧米諸国ほど密接でなく、職務領域が明確になっていないため、スキルレベルの導入は見送られて来たという経緯がある。このため、日本では職業分類に基づいて、単純労働を定義することは難しい。

 

一方、アジア諸国では、スキルレベルに基づいた受け入れのほか、産業・業種を区分した受け入れも多く実施されており、日本もそのひとつに数えられる。たとえば、2019年に創設された特定技能の在留資格も、人手不足が深刻となった14業種*6において、新たに外国人労働者を受け入れていくための仕組みとして導入されている。このとき国内では、政府が外国人就労政策を大転換し、単純労働分野への受け入れに舵を切ったとして注目を集めた。この事例で示唆されるように、日本における単純労働は、職務の遂行に必要なキルに基づく区分というより、日本人労働者を募集することが難しい人手不足の職種(主に労働集約型産業)であって、現在の就労資格では認められていない、特定分野への受け入れを指すことが多いようである*7

 

この定義の曖昧さは、外国人労働者の受け入れに関わる、日本固有の事情が背景にある。日本では、単純労働について、基本的に受け入れないとの原則があり、単純労働についての定義は、これまで行われていない。深刻化する国内の単純労働分野の人手不足についても、上述の通り、単純労働、複雑労働といった労働の定義には敢えて踏み込まず、替わりに業種を特定することで、外国人労働者を段階的に受け入れ、人手不足の解消を進めてきた。このような経緯もあり、今日に至っても、単純労働者を受け入れないとする従来の原則は堅持され、単純労働に関する明確な定義も行われていない。

 

単純労働について、日本の基準が国際機関や欧米諸国の基準と必ずしも一致しないのは、以上のような背景が少なからず影響していると思われる。

 

*6:現在は12業種。介護、ビルクリーニング業、素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業分野(2022年に統合)、建設業 、造船・舶用工業、自動車整備業、航空業、宿泊業、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業。

*7:明石純一「入国管理政策:「1990 年体制」の成立と展開」(2010年5月)ナカニシヤ出版

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年3月31日に公開したレポートを転載したものです。
【参考文献】
・独立行政法人労働政策研究・研修機構 西澤弘「職業分類の改訂記録―厚生労働省編職業分類の2011年改訂―」、2012年3月16日
・外国人雇用対策の在り方に関する検討会「技能水準(スキルレベル)の定義等について(OECD等文献レビュー)」、2021年5月14日
・一般社団法人 日本経済団体連合会「Innovating Migration Policies―2030年に向けた外国人政策のあり方―」、2022年2月15日

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