1―はじめに
外国人政策に係る言葉には、定義が曖昧なものが少なくない。このような定義の曖昧さは、政策を推進する政治的な知恵として、合意形成に活かされて来た面はあるものの、制度と現実の間に乖離を生み、課題が生じた際に対応の遅れにつながることが懸念される。
本稿では、外国人政策に係る言葉の曖昧さについて確認し、日本で一般的に用いられる言葉のイメージとの違いを明らかにし、政策議論における言葉の定義の重要性について考察する。
2―移民とは?
移民ほど、各国で論争を呼ぶテーマは少ない。移民は経済社会に大きな影響を及ぼす存在であり、国策上の重要なテーマとなっている。ただ、そのような移民という言葉には、国際的に共通する定義はなく、狭義から広義まで幅のある言葉として使用される。
ここでは、一般的に使用される様々な移民の定義について確認し、日本に反映した際の現状認識について違いを整理する。
1|国際連合(UN)に基づく定義
移民について国際比較する際には、国連経済社会局(UNDESA)の統計データが用いられることが多い。国連では、国際的な人の移動に関する比較可能性を高めるため、1954年以降3回に渡って移民統計に関する勧告を出している。現在、一般的に推奨されているのは1998年の勧告*1であり、フローデータ(一定期間内における流出入)とストックデータ(一時点における居住数)の2つが、別の概念として整理されている。
まず、移民のストックデータとして用いられているのが「外国人」の数であり、これには「外国出生者(Foreign people)」「外国籍者(Non-citizens)」の2つがある。一般的に「外国出生者」の使用が推奨されているが、そのようなデータのない日本などの国では「外国籍者」を使用することになる。国連の報告書*2によると、移民のデータとして「外国出生者」を使用しているのが、世界232の国・地域のうち184ヵ国・地域(79%)、残りの45ヵ国・地域は「外国籍者」を使用している。
他方、移民のフローデータには「国際移民(International migration)」という概念が用いられる。1998年の勧告では、国際移民として数えられる最低限の居住期間を2つに分けている。すなわち、移住の理由や法的地位に関係なく、定住国を変更して1年以上海外に居住している人は「長期移民(Long-term migrants)」であり、レクリエーションや休日、友人や親戚の訪問、ビジネス、治療、宗教的巡礼目的である場合を除いて、3カ月以上1年未満の滞在となる人は「短期移民(Short-term migrants)」となる。
これらの定義は、あくまで統計上の目的から推奨されているものであり、政策を強く反映する国内統計は異なっている場合も少なくない。ただ、この定義に基づいて考えると、日本における移民は、技能実習生や留学生などの大半の在留外国人を含むことになる。
*1:United Nations Department of Economic and Social Affairs, Recommendations on Statistics of International Migration, Revision 1 (1998)
*2:United Nations, International Migration Report 2019
2|国際移住機関(IOM)に基づく定義
一方、世界的な人の移動(移住)の問題を専門に扱う、政府間機関の国際移住機関(IOM)は、移民をあらゆる移動の形を網羅する総称と捉えている*3。すなわち、移民(Migrant)は「一国内か国境を越えるか、一時的か恒久的かに関わらず、またさまざまな理由により、本来の住居地を離れて移動する人」であり、国内で地域間移動する人を「移民(Internal migration)」、国境を越えて移動する人を「国際移民(International migration)」と呼称し、移民をより包括的に扱っている。
この定義は、IOMの活動のために独自に設けられたものであり、国連が統計上の目的で推奨している概念より広くなっている。ただ、これを日本に当てはめると、旅行者やワーキングホリデーなどの短期滞在者は移民に含まれる一方、日本で生まれた外国籍者は該当しないことになる。
*3:https://japan.iom.int/migrant-definition
3|日本(政府・与党)における定義
これまでのところ、日本政府が公式に移民の定義を示したことはない。ただ、2016年の与党自民党の政策文章*4には、「『移民』とは入国の時点でいわゆる永住権を有する者であり、就労目的の在留資格による受入れは『移民』には当たらない」との記載があり、日本では移民政策が取られていないとの認識が示されている。
このような移民の定義は、伝統的に移民を受け入れてきた国で見られるものに近い。たとえば、米国では、移民法において新規入国者を、永住を目的とする移民とそれ以外に分け、移民ビザ(永住権、グリーンカード)または、非移民ビザ(一時渡航者、就労ビザ)を取得するよう求めている。また、多文化主義が憲法に盛り込まれているカナダでは、永住権取得者や過去に永住権を取得し、帰化した者を移民と定義し、統計局がデータを蓄積している。いずれも移民の要件として、永住権の取得を挙げており、国際機関で用いられるものよりも、狭い範囲で捉えている。
この定義に従えば、帰国を前提とする留学生や技能実習生は移民に含まれず、永住権の取得要件の厳しい日本には、移民がほとんどいないということになる。
*4:自民党政務調査会「共生の時代」に向けた外国人労働者受入れの基本的考え方」(2016年5月24日)
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