助走期間を正しく過ごす3つのポイント
しかし、完全な多業種、あるいは同業種であってもこれまで縁のなかった他の企業ということであれば、そう簡単ではありません。新しい環境に適応するには努力と覚悟が必要です。
「昔取った杵柄」という言葉があります。餅つきの技になぞられて、若いときに身につけた技術は年を重ねても通用するという意味です。
もちろん、このことわざ通り、経験の技が生きるシチュエーションもあるに違いありません。けれども、刻々と新しいテクノロジーが誕生し、新しい文化、新しい知識や情報が生まれる現代においては、しばしば自分の杵柄を駆使するスキルがまったく役に立たないという事態が生じます。たとえば、美味しい餅でも機械で簡単に作られる、あるいは人が餅を食べなくなる事態が生じるかもしれません。
つまり「餅つき」以外のスキルを身につけなければならないということです。そのためには、フレッシュマンのマインドを持って、新しい情報の入力、新しいスキルの習得を心がけなければなりません。
■正しい助走のための3つのポイント
私自身、老年精神医学に長く携わってきており、特に認知症については専門といってもいいのですが、認知症の遠因となる脳の萎縮は、実際のところ、30代には始まっています。
もちろん、仕事や生活に支障をきたすようなことは一般的にはありませんが、日ごろから脳を動かしたり、脳を悩ませたりしなければ「脳力」は少しずつパワーダウンしていくと考えていいでしょう。
そう考えると、もし70代以降も仕事あるいは私生活において、精力的に活動したいと願うなら、日ごろから準備が不可欠です。
定年時の65歳をセカンドステージの「スタートライン=踏切板」とするなら、それ以前の世代は「助走期間」と位置づけられます。
では、この助走期間をどう過ごしたらいいのでしょうか。
その過ごし方は、自分がどういう70代以降を願うのかによって、さまざまでしょう。大切なことが3つあります。
①向上心、好奇心を育てる
②新しい情報への感度を磨く
③自分をいつでも「素人」「初心者」と思えること
「私は70歳だからもう助走期間はとれない」と心配される方がいらっしゃるかもしれませんが、やりたいことの内容やいままでの経験によって、必要になる助走期間はさまざまです。70歳から少しの助走で十分大きく跳べる場合もあります。
私自身、子どものころからいささか「多動」の傾向があり、好奇心が旺盛でジャンルを問わずさまざまなことに首を突っ込んできました。大学時代は医学部に籍を置きながら、『週刊プレイボーイ』や『CanCam』の記者としてアルバイトをし、さまざまな人の取材をしましたが、そのときの経験は医者としての現在の仕事、物書きとして仕事、映画監督としての仕事に大いに役立っています。
もし仮に「俺は東大の医学部だ」などとふんぞり返り、いま挙げた3つの要素の欠けた人間であったら、自分が生きるフィールドはごくかぎられていたはずです。
私が現在、曲がりなりにもマルチな活動を続けられているのは、こうした学生時代の経験があったからだと感じています。ある意味でいまの私にとっては、助走期間だったのかもしれません。
和田 秀樹
ルネクリニック東京院 院長