リハビリはいらない…老後は「楽しめばいい」と頭を切り替える (※写真はイメージです/PIXTA)

老いるということは、いろいろな機能が衰えたり失われていくことです。しかし、80代でも、まだ続いていく老いを楽しむことができます。老人医療に詳しい精神科医の和田秀樹氏が著書『老人入門 いまさら聞けない必須知識20講』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

老いたらふわふわした時間を楽しみ尽く

■老いにはノルマも期限もない、時間だけはたっぷりとある

 

老いると「あれもできなくなった、これもできなくなった」と失われた能力のことばかり嘆いてしまいます。

 

「昔ならこれくらいの作業は1時間でできた。いまはもう、2時間やってもまだ半分だ」
「今日はずっと動いていたような気がするけど、予定していたことは何も終わってないな」

 

そういう不甲斐なさは70代ともなればほとんどの人が感じるでしょう。でも、「若いころのようにはいかないな」と感じるのは、現役だった40代、50代のころにもあったはずです。

 

「集中力が続かない」とか「残業の時間帯は効率がガタッと落ちる」といった程度の経験は中年になると誰にでもあります。それで会社を辞めたり仕事を放り投げたわけではありませんね。自分なりに考え、たとえば大事な仕事や細かい仕事は午前中に組み込んだり、気分の切り替えを工夫したりして定年まで乗り切ってきました。「昔のようにはいかない」と自覚していても、決して諦めなかったのです。

 

まして高齢になって勤めがなくなれば、一日の中に自由になる時間はたっぷりとあります。予定した時間に終わらなくても誰かに迷惑がかかったり自分が困るということもありません。それなら1時間の作業に3時間かかってもいいはずですし、何だったら二日がかりでもいいのです。

 

老いのいいところは時間だけはたっぷりとあることです。効率とか生産性といった世界は現役世代に任せて、老いたらふわふわした時間を楽しみ尽くせばいいだけのことです。

 

そして、どんなに時間がかかってもうまくできなくても、自分にできることをやり続けるというのはとても大事なことです。それによって残された能力(以前に比べれば弱々しいものでしかないとしても)を保つことができます。衰えた筋肉でも、諦めないで動くことで最低限の機能を維持できるのです。

 

ここでもし、「以前のようには身体が動かない」というだけの理由でいろいろなことを諦めたらどうなるでしょうか。

 

■体力維持のためではなく、「楽しむため」と頭を切り替える

 

残存機能という言葉があります。文字通り、残された機能のことですが、ふたつの意味があります。ひとつはどんなに衰えても、まだわずかな能力が残っていること。もうひとつは、その機能が失われても別の機能なら残されていることです。

 

たとえば突然の入院で脚力がガクンと落ちたとします。

 

毎日の楽しみだった1時間の散歩も友人とどこかで待ち合わせる程度のこともできません。でも歩行能力がゼロになったわけではありません。1時間の散歩は無理でもゆっくり休みながらでしたら近所を20分くらいかけて歩くことはできます。

 

それなら散歩を20分コースに替えてみましょう。たとえ20分でも歩かないよりははるかにマシです。天気のいいときにはその20分コースを歩いてみる。たったそれだけのことでも歩行能力は保たれます。以前に比べれば半分以下に落ちたとしても、まだまだ自分の足で好きな場所に行くぐらいのことはできるのです。

 

1時間の散歩ができなくなっても、公園のベンチで日向ぼっこならできます。車でどこかの街に連れて行ってもらえば、その街の美味しい料理を出す店を探して訪ねることもできます。とにかく歩行機能が少しでも残されている限り、自分を閉じ込めないで外の空気を吸ったり風景を眺めたり、美味しい店を訪ねるくらいのことはできるのです。

 

そのとき大切なのは、「歩くと体力が維持できる」とか「筋力を保てる」といったトレーニング意識なんか捨ててしまうことではないでしょうか。そういう意識を持ってしまうと、歩くことは時間や歩数になってしまいます。

 

するとだんだんノルマ感覚になってきます。一日1万歩と決めて歩数計を気にしている人がよく「今日はまだ7千歩しか歩いてない。昨日も8千歩止まりだった。だから今日は1万歩プラス5千歩がノルマだな」とか言ったりしますが、これではだんだんつらくなってきます。

 

そういう人がもし、入院でもして脚がガクンと衰えたら、「2千歩なんて歩いたうちに入らない、やめたほうがマシだ」と考えかねません。つまり高齢になってくると、ふだんから機能維持にこだわってしまうことじたいが自分を苦しめるようになりかねないのです。

 

機能が維持できなくなったり、はっきりと低下が認められると、ポキンと折れてしまいます。そうではなくてあくまで楽しみのため、自分の自由時間を楽しみ尽くすために「少しでも歩けたほうがいい」と気がついてください。

 

つまり残存機能はすべて、活かしたほうが生活の中に楽しみが広がります。

 

歩くことだけじゃなくて、指先の動きでも料理の楽しみを失いたくないと思えば、「指先は少しでも動いたほうがいい」と気がつきます。でも料理のための指先のトレーニングなんて思いつきませんね。だから料理そのものを諦めない、でいいのです。自分に残された楽しみを簡単には諦めない、少しでもいいから楽しみを暮らしの中に残しておく、残存機能を活かすために必要なのはそんな心がけではないでしょうか。

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    ルネクリニック東京院 院長

    1960年生まれ。
    東京大学医学部卒業。
    東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカカール・メニンガー精神医学学校国際フェローを経て、「和田秀樹こころと体のクリニック」を開院。
    30年以上にわたって高齢者専門の精神科医として高齢者医療の現場に携わる。
    『自分が高齢になるということ』(新講社)、『年代別医学に正しい生き方 人生の未来予想図』(講談社)、『六十代と七十代 心と体の整え方』(バジリコ)、『「人生100年」老年格差』(詩想社)『70歳が老化の分かれ道』(詩想社)、『80歳の壁』(幻冬舎)など著書多数。

    著者紹介

    連載「老人入門」老いについて知っておきたい基礎知識

    本連載は和田秀樹氏の著書『老人入門 いまさら聞けない必須知識20講』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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