(※写真はイメージです/PIXTA)

認知症高齢者を得意とするホームは、問題行動に対する知見が高く、問題行動をさまざまな経験値でねじ伏せていくことができるホームです。では医療的な処置やリハビリが得意かというとそうではないといいます。老人ホームの裏の裏まで知り尽くす第一人者の小嶋勝利氏が著書『間違いだらけの老人ホーム選び』(プレジデント社刊)で解説します。

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目の前で「苦しい」と倒れると

私は、Bさんに対し次のようないたずらを試みたことがあります。

 

なぜ、Bさんは、食堂に行く、食堂に行かない、という気持ちが約1時間程度、毎回繰り返し出現するのだろうか? 決まって、エレベーターの前に来ると、気持ちが切り替わり、部屋に戻っていってしまいます。

 

しかし、面白いもので、一定の回数を繰り返した後は、必ずエレベーターに乗って、食堂に向かいます。この気持ちの出現に興味を持った私は、Bさんの通る廊下で、死んだ人のふりをしたことがあります。Bさんにわかるように、目が合ったことを確認すると、胸を押さえ、「苦しい」と叫びながら、廊下の隅に倒れます。

 

そして、Bさんが通るのを待ちます。Bさんは、いつものように食事の時間だから食堂に行かなければと、独り言ごとを言いながら、杖をついてエレベーターに向かって廊下を歩きます。当然、倒れている私の姿が視界に入ってきます。

 

Bさんは次のような行動をとりました。無言で持っていた杖で私の身体を突っつきます。

 

まるで、時代劇でお侍さんが死亡した人を刀の鞘でひっくり返しているイメージです。私は死んでいる人のふりをしなければならないため、じっと我慢です。

 

しかし、次の瞬間、飽きてしまったのか、何事もなかったかのように、エレベーターに向かって歩き出していきました。そして、いつものようにエレベーター前まで来ると、体を方向転換して自室に戻っていきます。そして、私の前を通り過ぎていきます。

 

その時は、完全無視でした。私は、起き上がって「Bさん」と声をかけます。Bさんは満面の笑みで私に「あなた、そんなところで寝ていてはだめですよ」と話しかけてきます。そして、自室に帰ろうとします。私が、「Bさん食事の時間ですよ」と言うと、笑顔でうなずきながら、また、エレベーターに向かって歩き出す始末です。

 

終始、Bさんは、上機嫌で廊下を行ったり来たりしていました。このいたずらでわかったことは、Bさんは、私が毎日顔を合わせている介護職員であるという認識はなかったということです。

 

人が廊下に倒れているという認識はありましたが、なぜ、廊下に人が倒れているのだろう、おかしいな、何とかしなければならないのではないか、という気持ちにはならなかったようです、

 

認知症の高齢者の多くは、自分勝手です。というよりも、傍から見ていると、自分勝手に見えます。自分さえよければよい、周囲のことなどまったくおかまいなしです。少なくともそう見えます。

 

しかし、この間のBさんは、表面上は実に楽しそうでした。次の瞬間には忘れていると思いますが、この瞬間だけは、私とコミュニケーションが取れていたと思います。

 

話がまたそれてしまいました。「転ホームの勧め」です。多くのホームは、認知症高齢者に照準を定めているため、問題行動が消失した場合は、転ホームをするべきなのです。入居者の状況変化により、不適切になったホームに我慢しているよりも、適切なホームに移っていく転ホームをすることのほうが総合的に考えた場合、良いことが多いと思っています。

 

ただそれだけです。そして、そのことに対し、子世代が自分の時間を多少使うことは、大きな負担にはならないと考えています。どうぞ、一度老人ホームに入れたら、そのまま入れっぱなしの放置ではなく、数回の引っ越しをするべきだと思っていますが、いかがでしょうか?

 

小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役

 

 

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※本連載は小嶋勝利氏の著書『間違いだらけの老人ホーム選び』(プレジデント社刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

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