(※写真はイメージです/PIXTA)

認知症高齢者を得意とするホームは、問題行動に対する知見が高く、問題行動をさまざまな経験値でねじ伏せていくことができるホームです。では医療的な処置やリハビリが得意かというとそうではないといいます。老人ホームの裏の裏まで知り尽くす第一人者の小嶋勝利氏が著書『間違いだらけの老人ホーム選び』(プレジデント社刊)で解説します。

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高齢期の引っ越しはリスクなのか?

もし、高齢期の環境変化は親の健康に悪影響をもたらすから、と思っていらっしゃるなら、それは少し早計だと私は考えます。人は環境変化に対し、慣れることができます。認知症状の高齢者が、環境変化に対応することが難しいのは、認知症状は、ものをそっくりそのまま忘れてしまうということだけではなく、物事に対する対応能力が失われていくからです。つまり、環境の変化をスムーズに受け入れることができない、からです。

 

私は現場を見てきて、次のように考えています。認知症の有無にかかわらず、高齢者は環境変化に対する対応力は低いと思います。もっと言うと、高齢者ではなくても、環境変化を苦手としている人はたくさんいます。むしろ、環境変化になんとも思わない人のほうが少数派ではないでしょうか? まず、このことを指摘しておきます。

 

たしかに他の高齢者と比較すれば、認知症状のある高齢者は、環境変化に対する対応力はありません。慣れることに、かなりの時間を要します。「老人ホームあるある」ですが、食事の時、いつも自分が座っているテーブルにほかの人が座っていると、急に、おかしな行動をとる高齢者はたくさんいます。

 

だから、多くの老人ホームでは、どこのテーブルに誰が座るのかを決めています。よく見ると、テーブルに個人情報が記されたものが置いてあります。もちろん、老人ホームによっては、氏名だったり、居室の番号だったり、さまざまです。

 

私は、どのような認知症の高齢者でも「慣れる」「順応する」という学習は、可能だと考えています。つまり、時間はかかりますが、現状を受け入れることはできるはずだと思っています。もっと言いますと、こういった話は、多くの場合、ホーム側の身勝手な言い分、ホーム側の都合を正当化しているような気がしてなりません。

 

認知症高齢者は、めんどくさいから放置でよい。常に、毎日、同じことを繰り返していれば、穏やかに過ごすことができるので、余計なことを考えたり、イレギュラーなことは極力しないようにしたほうが介護は楽だという理屈です。しかし、この論により、刺激がなくなり、生きていく息吹が失われていくような気がしてなりません。

 

私は性質上、好奇心が人より多いようで、認知症高齢者に対し、よく「余計なこと」をしていました。理由は「なんだろう」「なぜかしら」という気持ちが頭をもたげてくるからです。すると、何もしないということではいられなくなります。

 

介護職員だったころ、認知症入居者のBさんは、3階フロアにある居室から1階にある食堂までの100mぐらいの道のりを毎回1時間以上かけて移動していました。別に、足が不自由なわけではありません。行ったり来たりしながら、食堂に向かうため、時間がかかるのです。

 

おおむねこのような行動です。エレベーターの前に来ると、忘れ物をしたとか言って、居室に戻ってしまいます。そして、また、食事の時間だからと言うと、食堂に向かって歩き始めます。これを毎回、食事のたびに何回も繰り返しています。

 

もちろん、介護職員にとって、3度の食事は、大仕事なので、Bさんにつきっきりでいることはできません。時間を見計らって、そろそろエレベーターに乗って降りてくるころだという時間に1階のエレベーター前で待ち構え、そのまま食堂に連れていくのが、いつものお決まりのパターンでした。 

 

たまに、Bさんのカンファレンスが開かれると介護職員からBさん対策として各種の提案がなされます。しまいには、面倒だから、終日1階フロアにいてもらったらどうだろうか、というような乱暴な提案も出てくるありさまです。

 

次ページ目の前で「苦しい」と倒れると

※本連載は小嶋勝利氏の著書『間違いだらけの老人ホーム選び』(プレジデント社刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

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