「有事に至らない平時において勝つ」戦略
もう一度強調したいことは、昔「平時」と思っていた期間は決して平和なときではなく、情報戦、宇宙戦、サイバー戦などが普通におこなわれる競争の期間だということだ。この考え方は、中国の孫子の兵法以来の伝統的な考え方である「戦わずして勝つ(不战而胜)」という原則に通じるものがある。
筆者の造語である「全領域戦」は、米国防省や米軍が最近主張している全領域作戦からヒントを得ている。米軍の作戦構想に関しては、前述のように米陸軍が主導する多領域作戦がある。米国防省や米軍(とくに空軍)は最近、多領域作戦を一歩進めた全領域作戦を提唱しており、その具体化を進めている。
軍事作戦としての全領域作戦は、米軍を中心とした作戦構想であるが、解放軍は米軍の全領域作戦を研究して、その考え方を模倣している。つまり、解放軍の作戦構想を知るためには米軍の作戦構想を知ることが近道になる。
そして、全領域作戦は軍隊がおこなう軍事作戦であるが、筆者が提案する全領域戦は政府を中心として多くの組織(軍隊も含む)が参加し、あらゆる手段(軍事的手段と非軍事的手段)とあらゆる領域を利用しておこなう戦いである。
■中国が考える現代戦―『超限戦』と中国の現代戦
中国の現代戦を理解するためには、『超限戦』にふれざるを得ない。『超限戦』は、解放軍の公式文書ではないが、解放軍の公式な戦略や作戦を深く理解するためには不可欠な文書である。
『超限戦』に記述されている以下の文章は、『超限戦』の本質を見事に表現している。
●〈目的達成のためなら手段を選ばない……制限を加えず、あらゆる可能な手段を採用して目的を達成することは、戦争にも該当する。マキャベリの思想は、最も明快な「超限思想」の起源だろう。〉
●〈戦争以外の戦争で戦争に勝ち、戦場以外の戦場で勝利を奪い取る。〉
以上の記述のなかで〈戦争以外の戦争で戦争に勝ち、戦場以外の戦場で勝利を奪い取る。〉という記述は、中国の孫子の兵法などでも有名な「戦わずして勝つ」につながる。「戦わずして勝つ」という発想は、「有事に至らない平時において勝つ」ということであり、平時における戦いを徹底的に重視する。
習近平主席は、2017年の第19回党大会において、「軍隊とは戦いに備えるためのものであるから、そのすべての活動は、『戦闘ができ、戦闘に勝利できる』ようにすることに焦点を絞らなければならない」としつつも、「態勢をつくり、危機をコントロールし、戦争を抑止し、戦争に勝つことができるようにする」と述べている。
習近平の言う「態勢をつくり、危機をコントロールし、戦争を抑止する」ことが平時におこなうことであり、「戦わずして勝つ」ための重要な要素だという考え方だ。中国の超限戦はじつは「全領域戦」と呼ぶべき戦いだというのが筆者の考えである。
習近平のスローガンは「中華民族の偉大な復興」であり、「中華民族の偉大な復興」が中国の夢だと主張している。これは、中華民族が1840年のアヘン戦争以前(つまり列強の植民地になる以前)にそうであった、世界一の大国の地位に復帰することだ。つまり、彼の夢は、まず米国と肩を並べる大国になること、そして最終的には米国を追い抜き世界一の大国として世界の覇権を握ることだ。そのためには手段を選ばないのが中国の超限戦思想だ。
習は、中国の夢を実現するために、海洋強国の夢、航空強国の夢、宇宙強国の夢、技術大国の夢、サイバー強国の夢、AI強国の夢など多くの夢を実現すると主張している。つまり、列挙したそれぞれの分野で世界一になるということだ。これらすべての領域で世界一になるという夢は、全領域戦に勝利する決意の表れである。
渡部 悦和
前・富士通システム統合研究所安全保障研究所長
元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー
元陸上自衛隊東部方面総監
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