日本は世界的に有名な独裁国家に囲まれている
我が国周辺の安全保障関係は世界でもっとも厳しい状況にあると言っても過言ではない。とくに中国は、目覚ましい経済発展を遂げ、GDPで日本を追い抜き世界第二の経済大国になり、その影響力を全世界に及ぼしている。その経済力を背景として急速に軍事力を増大させ、米国に次ぐ世界第二の軍事大国になり、日本にとって最大の脅威になっている。
また、北朝鮮は核ミサイルの開発を継続し、その能力は目を見張る進歩を遂げ、やはり日本の脅威になっている。さらにロシアは、ウラジーミル・プーチン大統領が唱える「ロシアの復活」に基づき、米国を中心とした民主主義陣営を敵視する政策を展開している。北方領土問題を抱える日本にとってロシアは警戒すべき国家である。
つまり、日本周辺には中国、ロシア、北朝鮮という民主主義陣営と対立する世界的にも有名な独裁国家が存在していることになる。
脅威は目にみえるとは限らない。現在、大部分の日本人は、戦争のない平和な時代を生きていると思っているのではないだろうか。たしかに、日本はどこの国とも戦争(いわゆる「火が噴く戦争」=キネティック戦争)をしていない。
しかし、日本人が平和な時代だと思っているこの瞬間にも、日本において目にみえない戦いが進行中だ。有名な中国研究者で米国防省顧問のマイケル・ピルズベリーは、現在進行中の中国が仕掛ける戦いについて、「我々はゲームに負けているのかどうかわかっていない。実際、我々はゲームが始まっていることさえ知らないのだ」と表現している。
ピルズベリーが言っているゲームとは、中国が100年間の屈辱の歴史を晴らし、世界一の覇権国を目指して実施している「100年マラソン1」のことで、習近平国家主席が主張する2049年(中華人民共和国建国100周年の年)を目標とする、「中華民族の偉大なる復興」の実現と符合する。
米国は、現在の国際情勢を称して「大国間の競争の時代」と呼んでいるが、大国とは米国、中国、ロシアのことだ。とくに中国は米国と覇権争いを展開している。米中覇権争いがおこなわれている現在を、ある者は「新冷戦の時代」「第三次世界大戦の時代」「ハイブリッド戦の時代」「超限戦の時代」などと表現している。私は現代を「全領域戦(All-Domain Warfare)の時代」と表現したいと思う。
全領域戦とは、軍事的手段のみならず、あらゆる非軍事的手段を駆使した戦い(情報戦、サイバー戦、政治戦、経済戦、金融戦、外交戦、メディア戦、歴史戦など)、あらゆる領域を使った戦い(陸戦、海戦、空戦、宇宙戦、サイバー戦、電磁波戦など)である。
なお、本連載においては、「戦い(warfare)」と「戦争(war)」を明確に区別している。
戦争は、「2ヶ国以上の間における軍事紛争」であり、あくまでも軍事的手段を使った紛争である。軽々に戦争という言葉を使ってはいけない。
戦いは、「競争者やライバル間の悪意のある仮借なき紛争」であり、軍事的手段をもちいた紛争のみならず、非軍事的手段を利用した紛争をも含んでいる。
例えば、「サイバー戦争」という表現は適切ではない。サイバー空間での戦いは、軍事的手段としても非軍事的手段としても使用されるから「サイバー戦」が適切だ。情報戦、宇宙戦、電磁波戦なども同様である。
本連載においては、一般の読者に理解しやすい分野として、サイバー空間における戦い(サイバー戦)に紙数を費やしている。サイバー戦の一例として、皆さんは個人のスマートフォンやコンピュータに不正アクセスされて、個人情報が盗まれたり、乗っ取られたり、悪質なウイルスを仕こまれた経験はないだろうか。
官庁や民間企業では、システムが不正アクセスされて秘密情報を盗まれ、システム全体を凍結され、その解除のための身代金を要求される事件(ランサムウェア攻撃)が日々報道されている。
そのような不法なサイバー攻撃には個人や民間組織のみならず、国家レベルの軍事組織が関与しているケースが多い。例えば、中国人民解放軍(以下、解放軍)やロシア軍、とくにロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)は、自らサイバー攻撃をおこなうのみならず、民間のサイバーグループを組織化してサイバー攻撃をさせるケースが増えている。