ロシア自体はイギリスなど西欧に比べて資本主義の発展度合いは遅れている辺境でしたが、資本主義に組み込まれているのだから、共産主義は実行できるというわけです。ソ連のご都合主義革命はどうなったのか。日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

成長のない協同体は残酷で悲惨な日常

最後に、最近、話題になっている若手のマルクス主義の論客、斎藤幸平さんのベストセラー「人新世の『資本論』」について触れましょう。

 

斎藤さんはかのカール・マルクスが晩年に構想した「脱成長コミュニズム」が将来社会を考えるために武器になると強調しています。斎藤さんによれば、この「マルクスの構想」なるものは、ゲルマン民族のマルク協同体や「ミール」と呼ばれていたロシアの伝統的な協同体のことのようですが、「協同体では、同じような生産を伝統に基づいて繰り返している。つまり、経済成長をしない循環型の定常型経済であった」と人新世の『資本論』で説明しています。

 

経済成長のない「脱成長」の「協同体」で、真っ先に思い浮かぶのは、深沢七郎さんの「楢山節考」の世界です。農業労働できなくなったお年寄りは「姨捨山」に放置される。無理もありません。限られた食料生産のもとで、現役世代の食い扶持を確保するためにはそうせざるを得ないのです。

 

そんな「定常型経済」では子供を何人もつくるわけには行かないので、「間引き」が行われるでしょう。成長のない協同体ではみんな仲良く平和に暮らすことは文学的な理想に過ぎず、実に残酷で悲惨な日常になるのです。

 

伝統的な農村社会が国全体で大きな比重を占めていたのがロシアや中国です。そこはもともと協同体の上に専制君主が君臨し、そのもとに諸侯・貴族と官僚が既得権益層を構成し、民を搾取していました。村や協同体はその現状維持の単位群だったのです。そんな風土のもとに共産主義ソ連や共産党独裁中国が生まれました。

 

自国の膨張のためには国際ルールを踏みにじって他国に侵略して、人々を虐殺、略奪する現在のプーチン・ロシアはそんな伝統の延長上に位置するのです。

 

斎藤さんはマルクス流共産主義社会が脱成長の循環型社会が地球環境保全の理想を実現するという考え方のようですが、マルクス主義の言う資本の私的所有を全面否定する資本の共有制は、モノやサービスの価値を労働投入量や重量でしか表わすことができず、無駄と廃棄物の塊を作り出してきたのです。

 

1980年代末のベルリンの壁崩壊後、旧東ドイツに取材に行きましたが、現地では産業廃棄物で汚染された工場だらけで再生どころではありませんでした。国有企業による環境投資は皆無、汚染物は垂れ流し放題だったのです。

 

しかも、旧東ドイツの官僚や事業者、労働者には環境保全のみならず省エネ、生産効率の概念が欠如しており、その意識改革をどうするか、西ドイツ側は途方に暮れていました。

 

脱成長で人々は幸福になり、環境もきれいになる、グリーン社会が到来することは固よりありえないことは前述した通りです。しかも、共産主義・脱成長という組み合わせは人類と地球の双方を破壊するニヒリズムそのものです。

 

将来世代に希望をもたらし、老後世代の生活を保証する基盤は、経済成長によってこそ確保されるのです。収益機会をどん欲に追求する資本主義は経済成長とダイナミズムを醸成します。

 

その強欲性は自由な市民社会が制御します。人権、法の前の平等、機会の公平、表現の自由、政治の自由、自由投票といった民主主義制度の市民社会が不可欠であることは今や万人の智慧なのです。経済成長を否定し、ゼロ成長で事足れりとする考え方は、既得権益層のエゴイズムでしかありませんが、それを主張するのも自由、拙論のようにそれを強く批判し、成長を訴えるのも自由なのです。

 

権力層が人、カネ、モノを支配し、反対する者の口を封じ、強制収容所送りにする共産党は、仮に「マルクスの理想」とはかけ離れているとしても、コミュニズムという思想そのものが独裁主義を生み出し、社会や環境を壊し、ひいては破滅的な戦争を引き起こすのです。ロシアのウクライナ侵略に限らず、さらには台湾、沖縄県尖閣諸島を始め、有事をいつ引き起こしかねない共産中国の独裁者、習近平党総書記・国家主席の危険性を留意すべきなのです。

 

田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員

 

 

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本連載は田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)の一部を抜粋し、再編集したものです。

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

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