3. NBA Top Shotと類似するサービスを日本国内で提供した場合における賭博罪の成否
(1) NFT Top Shotの概要
本ニューズレターの検討においては、以下のサービス概要を前提とします。
①NBA Top Shotは、Dapper Labs社が提供するサービスである。Dapper Labs社は、NBA及びNational Basketball Players Association(以下「NBPA」といいます)※7とそれぞれライセンス契約を締結した上で、NBA Top Shotと呼ばれるアプリケーションにおいて、(ⅰ)NFTのパッケージによる販売、及び(ⅱ)ユーザー相互間によるNFTの売買を可能とするマーケットプレイス(二次流通市場)の運営・管理といったサービスを提供している。
※7 NBPAがNBA選手の集団肖像権を管理しているところ、THINK450というNBPAが設立した法人が当該集団肖像権等の管理業務を行っている。
②NFTのパッケージ販売について更に説明をすると、Dapper Labs社は、「Moments」(モーメント)と呼ばれる選手のプレー動画等のNFTを、無作為に複数抽出した上でパッケージに入れ、会員ユーザーに販売している。モーメントはその希少性によって種類が分けられており、各パッケージには、どの種類のモーメントがいくつ含まれるかが明示されている。どの種類のモーメントがどの程度含まれるかによってパッケージの価格は異なり、具体的には、安いパッケージで9ドル(約990円)、高いパッケージで999ドル(約10万円)の価格で販売されている。なお、ユーザーはパッケージの購入前に当該パッケージに含まれる個々のモーメントを確認することはできない。また、Dapper Labs社は個々のモーメントに販売金額を設定して個別販売をすることは行っていない。
③ユーザーは、二次流通市場において、自身の保有するモーメントを転売し、換金することができる。取引価格は、ユーザーが自由に設定できる。Dapper Labs社は転売の際の取引金額の一定割合(5%程度)を手数料として徴収する。なお、ユーザーは、二次流通市場においてパッケージ販売をすることはできない。
④Dapper Labs社が、二次流通市場でモーメントを販売することはない。また、Dapper Labs社が、パッケージに含まれるモーメントをユーザーから買い取ることもない。
(2)「賭博」の意義について
ア. 構成要件
刑法185条は、「賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。」と規定しています。ここでいう「賭博」とは、学説上、「偶然の勝敗により財物や財産上の利益の得喪を争う行為」※8をいうとされています。
※8 西田典之『刑法各論〔第7版〕』425頁(2018年、弘文堂)。
したがって、「賭博」に該当するというためには、①偶然の勝敗に関するものであること、②財物を賭けその得喪を争うことの要件を充たす必要がありますが、以下では②の要件を中心に検討します。
イ. 「財物を賭けその得喪を争うこと」の意義
「財物※9を賭けその得喪を争う」とは、勝者が財物を得て敗者は財物を失うという相互的得喪の関係になければならないと解されており、当事者の一方が財物を失うことがない場合は、財物の「得喪を争う」ものとはいえないと解されています※10。
※9 財物性が問題となり得ますが、以下ではNBA Top Shotにて販売するNFTは「財物」に該当することを前提とし、詳細の検討は割愛します。
※10 大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第三版・第9巻』128頁(2013年、青林書院)〔中神正義=高嶋智光執筆部分〕、団藤重光編『注釈刑法(4)各則(2)』333頁(1980年、有斐閣)〔小暮得雄執筆部分〕。
なお、大審院判例には、胴元が客から金銭等を得た上で、その合計額の範囲内の価額の景品を勝者に与える形態の行為については、(ⅰ)金銭等の所有権がいったん胴元に移転したとみることにより、客相互間で財物の得喪を争うものとはいえず、また、(ⅱ)客が勝った場合に胴元が得た金銭等の範囲で金品が交付されるにすぎず、胴元は常に危険を負担しない(財物を失わない)ため、客と胴元との間で財物の得喪を争うものともいえないことから、賭博に該当しないと判断するものが存在します※11。他方で、これらの大審院判例の判断のうち(ⅰ)については、その後の判例を踏まえて先例性を失ったと評価する見解※12もみられるところであり、現在も同様に解釈することができるかは明らかではありません。
※11 例えば、大判昭和8年12月22日刑集12号2417頁は、あらかじめ購入した遊技券により玉突等の遊技をさせ勝者に景品を提供する事案につき、当該遊技券は遊技に先立って営業者の所有に帰するため、当該遊技券は遊技者及び営業者等相互間で得喪の目的として賭した財物とはいえないと判示しています。また、大判大正9年10月26日刑録26輯743頁は、勝馬投票券を密売してその密売代金総額の範囲内で的中者に景品を交付した事案につき、密売代金は支払いと同時に開催者の所有に帰し、購入者相互間で得喪の目的となる賭金となり得ず、景品券も勝馬投票券密売代金の範囲内で勝者に交付されるにすぎないとして、密売者及び購入者らの行為は賭博罪を構成しないものと判示しています。
※12 橋爪隆「判例講座・刑法各論 第20回(完)賭博罪について」130頁(2021年、警察学論集第74巻第9号)では、その後の最判昭和28年11月10日刑集7巻11号2067頁において、客が先行して遊技券を購入する類型について賭博罪の成立が認められているのであるから、当該判決によって、少なくとも上記(ⅰ)の論理は否定され、先例性を失ったと解するべきとしています。
(3)検討
ア. 「財物を賭けその得喪を争うこと」の該当性
NBA Top Shotのサービスにおいて「財物を賭けその得喪を争う」関係が成立しているかどうかは、Dapper Labs社とユーザーとの間、そしてユーザー相互間でそれぞれ問題となり得ます。
まず、Dapper Labs社とユーザーとの間でこのような関係が成立するかを検討すると、Dapper Labs社は自らが設定した販売価格に相当する金額の金銭(財物)を得ており、ユーザーもパッケージに表示されたとおりの種類のモーメント、すなわち販売価格に応じた希少性を有するモーメント(財物)を得ていると考えることができます。この場合、通常の売買と何ら変わるものではないのであって、何れも財物を失っていないため、財物の「得喪を争う」関係は生じていません。
次に、ユーザー相互間について検討すると、あるユーザーが拠出した金銭が他のユーザーに移転するような関係にある場合は財物の「得喪を争う」関係が生じたと解し得ますが、NBA Top Shotのサービスにおいてそのような関係は生じ得ず、ユーザー相互間において、財物の「得喪を争う」関係は生じていないと考えられます。
したがって、NBA Top Shotのサービスを通して財物を失う当事者は存在しない以上、Dapper Labs社とユーザーとの間においても、ユーザー相互間においても、財物の「得喪を争う」関係は生じておらず、「財物を賭けその得喪を争うこと」には該当しないと解することも十分に合理的であるものと考えられます※13。
※13 松本恒雄監『NFTゲーム・ブロックチェーンゲームの法制』140頁以下(2022年、商事法務)〔亀井源太郎執筆部分〕では、ブロックチェーンゲーム内で行われる有料ガチャに関して同様の論旨が展開され、賭博罪が成立しない可能性に言及されています。
イ. 二次流通市場の併設による影響
近時、二次流通市場が存在することで、一次流通市場の販売価格を下回る取引価格相場が形成されている場合(又は形成されることが予想できる場合)には、ユーザーが財物を失うとして、(NFTの発行者とユーザーとの間で)財物の「得喪を争う」関係が生じ得るのではないかという指摘が存在しています。
しかしながら、この考え方は、一次流通市場の価格設定の問題と二次流通市場の価格形成の問題を混同して論じているものと考えられます。すなわち、二次流通市場において、個別のNFTの価値が上がるか下がるかは、あくまで二次流通市場における価格形成の問題であり、一次流通市場における事業者による価格設定と直接結びつくものではありません※14。
※14 二次流通市場における取引価格が一次流通市場における販売価格に影響を与えることは想定されますが、その場合でも、一次流通市場における販売価格は、あくまで、Dapper Labs社が、一次流通市場における価格として妥当であると判断して設定した価格であるにすぎないということができるものと考えられます。
また、二次流通市場の価格は、常に上下するものであり、一次流通市場における取引時に、パッケージの中のNFTが二次流通市場で幾らで取引されるかを正確に予測することはできません。なお、このように、一次流通市場で設定された価格と二次流通市場で形成された価格が乖離する例は広く見られます。例えば、希少性の高い焼酎は、二次流通市場において定価を超える値段で取引されますが、蔵元は、一次流通市場において、あくまで定価で焼酎を販売し、蔵元が二次流通市場の価格相場に連動した価格設定を行うことは基本的にはありません。
したがって、二次流通市場の併設を踏まえたとしても、NBA Top Shotにおいては、一次流通市場で販売されるパッケージには、あくまで「Dapper Labs社が一次流通市場での価格として妥当であると判断した販売価格」が設定されているのであり、ユーザーは、期待したとおりのパッケージの内容(すなわち、パッケージに表示されたとおりの種類のモーメントが、表示されたとおりの数入っています)を購入しているため、Dapper Labs社とユーザーの何れも財産を失っていないと解することの合理性は失われないものと考えられます。
なお、Dapper Labs社が、二次流通市場を運営し、取引金額に連動した手数料を徴収していることについても、財物の「得喪を争う」関係は生じていないという結論に影響を与えないと考えられます。二次流通市場では、ユーザー間の取引が行われていますが、ユーザー間で財物の得喪を争う状況は生じておらず、Dapper Labs社が賭博を幇助していると捉えることはできないからです。また、Dapper Labs社は、規約に基づき、取引金額に応じた手数料を徴収しているだけであり、Dapper Labs社とユーザーとの間で財物の「得喪を争う」関係が成立しているわけでもありません。
ウ. 結論
以上のとおり、NBA Top Shotのサービスにおいては、Dapper Labs社とユーザーとの間、及びユーザー相互間に、財物の「得喪を争う」関係が生じておらず、「財物を賭けその得喪を争うこと」には該当しないため、少なくとも上記(1)記載のサービス内容と実質的に同等の内容と評価できる限り、NBA Top Shotと類似するサービスを日本国内で提供した場合に賭博罪は成立しない(すなわち、NBA Top Shotのようなサービスは賭博に該当しない事業形態である)と解することも十分に合理的であるものと考えられます。