政治資金収支報告書の虚偽記載等に対する課徴金制度の導入の適否
執筆者:木目田 裕
1.政治資金収支報告書の虚偽記載等に対する課徴金制度
2002年(平成14年)頃、私が法務省刑事局から金融庁総務企画局に出向し、同局企画課の課長補佐として、前年の9.11を受けてテロ資金対策等を担当していた当時のことですが、金融庁の当時の上司から「検察(特に東京地検特捜部)はなぜインサイダー取引をあまり起訴しないのか」と尋ねられたことがありました。
そのときに、私は、大要、「自分の個人的な意見ですが、検察は、刑事事件である以上、絶対に有罪の確信がない限り起訴しません。刑罰の本質は基本的には人を刑務所に入れたり死刑にすることにあり、刑事事件で処罰されると、その人は社会的生命を失うことにもなるからです。だから、たった1件のインサイダー取引事件であろうと、確実な有罪立証のために捜査に要する手間はかなりのものであり、いきおい悪質重大な事件を選別することになります。刑事手続は重たいのです。刑事でインサイダー取引を摘発することの意味はもちろん小さくありませんが、有罪になっても、しょせん執行猶予付きです。インサイダー取引を撲滅するには、独禁法のカルテルのように、課徴金制度を導入して、簡易迅速な手続で、悉皆摘発して、インサイダー取引をすれば必ず制裁を受けると社会に認識させる方がよいと思います。」旨、上司に自説を申し上げたことがありました。
今日の政治資金収支報告書の虚偽記載や不記載(以下一括して「虚偽記載等」ということがあります)をめぐる状況を見て、この時のことを思い出し、政治資金収支報告書の虚偽記載等やこれに関連する政治資金規正法違反※1についても、政治資金収支報告の健全化・透明化のためには、刑事罰に加えて、課徴金制度を導入する方が適切であると考えています。
もちろん、政治資金収支報告書の虚偽記載等の中でも、贈収賄等の不正の隠蔽工作に等しいような悪質重大な事案は、引き続き、違反者に刑事罰を科して公民権停止に処するのがよいと思いますが、そうした悪質重大な事案以外のケースについては、次の内容の課徴金制度を設けて対応するのがよいと考えます。
① 違反者に対する制裁は、課徴金にとどめ、公民権停止には処さない
② 課徴金額は、虚偽記載や不記載に係る金額相当とする
③ 課徴金賦課のためには、違反者における故意を要件とする
④ 国家行政組織法3条2項のいわゆる三条委員会に類似する、独立で政治的に中立の機関を国会に設けて、その機関が刑事告発の要否を判断する(訴訟条件とするかどうかは要検討)とともに、違反行為の調査及び課徴金賦課の審判を行う
こうした課徴金制度を設ける方がよいとする理由は、以下で述べるとおり、
① 簡易迅速かつ悉皆的な制裁を可能とすること
② 刑事罰への過度の依存による弊害を回避すること
です。
※1 2024年改正(2026年1月1日施行)で導入された、国会議員関係政治団体の代表者による確認書制度に係る違反などを含む。
2.簡易迅速かつ悉皆的な制裁
(1)冒頭でインサイダー取引について述べたとおり、検察は、刑事罰を科すとなれば、絶対に有罪の確信がない限り起訴しないのが原則です。まして、被疑者が政治家の場合、政治資金収支報告書の虚偽記載等の場合には、有罪となれば、その政治家は公民権停止になります。だから、捜査資源の有限性を踏まえれば、政治資金収支報告書の虚偽記載等があったとしても、検察は、その訴追裁量権(刑事訴訟法248条)に基づき、悪質重大な事件を選別すべきことになります。このことは、刑事罰が持つ厳しさによるものでして、被疑者が政治家であろうが、なかろうが、犯罪が何であろうが、こうした刑事司法の謙抑性は等しく当てはまります。
政治資金収支報告書制度を通じて、政治団体等の資金の流れを透明化しようとするのであれば、悪質重大な事案以外の事案についても一定のペナルティを課すのがよく、簡易迅速に、かつ、悉皆的に、違反に制裁を賦課するためには、行政上の金銭的制裁としての課徴金が適しています。政治資金を原資とする政治家や関係者の遊興などもたまに問題にされますが、こうした事案なども課徴金の方が対応しやすい場合が多いと思います。
今日、課徴金制度は、独禁法はもとより※2、金融商品取引法の開示規制・不公正取引規制、公認会計士法、薬機法※3の誇大広告規制、景品表示法の表示規制に設けられ、独禁法における課徴金制度導入当時の「課徴金=不当利得」の呪縛を振り払って※4、独禁法及び金融商品取引法を中心に幅広く活用されており、相当程度の政策目的を達成できているように思います。
なお、課徴金は、刑事罰とは異なり、悪質重大でいわば厳しい倫理的非難を伴うような違反事案ではないので、公民権停止までは必要なく、また、簡易迅速な制裁手続という点に照らし、公民権停止にまで処するのは適正手続の保障(憲法31条)を欠くと思われます。
(2)公民権停止に処さなくとも、次の2点から制裁効果は十分に高いと思われます。
1点目は、課徴金額を虚偽記載や不記載に係る金額相当とすることです。例えば、1000万円の収入の虚偽記載等であれば、課徴金は1000万円とすることが考えられます。もし、それでも抑止効果として足りないということであれば、機械保険連盟課徴金事件最高裁判決※5等を踏まえ、「課徴金=不当利得」の呪縛に囚われる必要はないと思うので、比例原則※6を踏まえつつ、課徴金額を虚偽記載や不記載に係る金額の2倍などにすることも考えられます。
2点目は、民主的統制です。公民権停止がなくとも、課徴金を課されれば、報道もされます。もし現に公職にある者として不適切となれば、国会や地方議会、政党等は、その政治家に辞任を求め、最終的には、選挙を通じて有権者が審判すればよいと思います。不適切な者は選挙等の民主的過程で排除すれば足ります。
そもそも論として言えば、本来的には、刑事処罰を通じた公民権停止で政治家を排除するのは、裁判官も検察官も選挙で直接選ばれているわけではない以上、民主的統制の観点から考えれば、例外的なものにとどめておくべきことだと思います。
(3)課徴金賦課のための違反要件ですが、政治資金収支報告書の虚偽記載等については、課徴金とはいえ、違反者における故意を要件とする方がよいと思います。
理論上は、課徴金は行政上の制裁なので、故意・過失は違反要件として必要ないとの考え方が一般的ですが、カルテルなどの独禁法違反や金商法違反のインサイダー取引など、多くの場合、課徴金であっても、故意(違反要件に該当する事実の認識)に相当する主観的認識の存在が違反要件それ自体に組み込まれています。
金商法の開示規制違反(特に、有価証券報告書等の虚偽記載等)は、必ずしも、違反要件それ自体に故意のような主観的認識の存在が組み込まれているわけではありませんが、金商法に課徴金制度を導入した当初の時期や運用模索中の時期を別にして、今日では、証券取引等監視委員会や金融庁の運用上、違反者に故意か故意に準じる落ち度がなければ課徴金までは課さない運用が定着しているように思います。比例原則の適用と整理するかどうかは議論の余地があるにせよ、課徴金とはいえ、違反行為と制裁との間にバランスは必要なため、有価証券報告書等の虚偽記載等について、不可抗力はもとより、単なるミスであれば課徴金は課さないのが、今日では通常のように思います。
政治資金収支報告書の虚偽記載等についても、有価証券報告書等の虚偽記載等の場合と同様に、単なるミスによる虚偽記載等もあり得ますので、比例原則の見地に立てば、違反者に故意がない限り、課徴金は課さないとすることが適切であると思います。
(4)国会における3条委員会類似の調査・審判機関
課徴金制度を設けるとなれば、政治資金収支報告書の虚偽記載等について調査を行い、課徴金賦課の審判を行うことを所管する国家機関(以下「調査・審判機関」といいます)が必要となります。政治資金規正法の所管官庁ということで総務省とすることも考えられるものの、国会議員やその候補者等が関係する違反事例を念頭に置くと、三権分立の観点から、調査・審判機関は国会に置くのがよく、その機関は国家行政組織法3条2項のいわゆる三条委員会のような独立で政治的に中立の機関とする方がよいと思います。
地方自治体の首長や地方議会議員やその候補者等が関係する違反事例については、都道府県議会や市区町村議会に調査・審判機関を設けることも考えられますが、人的資源の有限性や効率性、知見の集約等といった観点からすると、国会に置く調査・審判機関に集約する方が合理的なように思われます。
政治資金収支報告書の虚偽記載等に課徴金制度を導入するとしても、贈収賄等の不正の隠蔽工作に等しいような悪質・重大事案は、引き続き刑事罰の適用対象とすべきですが、どの事案を課徴金で対応し、どの事案に刑事罰を適用するかは、一つの判断となります※7。特に、課徴金の場合には公民権停止に処さないとすると、課徴金か刑事罰かの選択は政治家の政治生命に特に大きな影響を与えることになります。
この点、起訴便宜主義に基づき、検察官の訴追裁量に委ねる考え方もあり得ますが、検察官は選挙で直接選ばれた者でないので、課徴金制度のために国会に三条委員会のような調査・審判機関を設けるのであれば、その機関が刑事告発の要否も判断することとするのが適切であると思います※8。
※2 国民生活安定緊急措置法11条にも課徴金制度があります。なお、いわゆるスマホ新法(スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律)にも課徴金制度が導入されています。
※3 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律。
※4 機械保険連盟課徴金事件(最判平成17年9月13日民集59巻7号1950頁)。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-52374.pdf
なお、仮に「課徴金=不当利得」を前提にするとしても、虚偽記載等に係る金員は、違反行為者やその関係者が、国民からの監視を逃れ自由に使うことのできる金員になっているという意味では、不当利得と同様に捉えることもできると思います。
※5 前掲脚注4参照。
※6 比例原則とは、目的と手段の均衡を要求する法原則であり(法律学小辞典〔第6版〕(有斐閣、2025年)1164頁)、憲法13条や行政法の一般原則による要請であると考えられています。要するに、違反行為の軽重と制裁の軽重とがバランスを失していないことを求める考え方です。なお、金商法の課徴金制度の解釈運用との関係で、昔、比例原則について考えたことがありました(木目田裕=沼田知之「金融商品取引法の課徴金制度における偽陽性と上位規範の活用による解決」旬刊商事法務1992号(2013年)14頁)。
※7 なお、立法政策として、違反者が刑事罰に処される場合に併せて課徴金をかけることも考えられますが、その場合には、独禁法や金商法にあるような罰金と課徴金の調整規定を設ける必要があります。
※8 その機関の告発を公訴提起の訴訟条件とすることも考えられます。
3.刑事罰への過度の依存による弊害
政治資金収支報告書の虚偽記載等について刑事罰に過度に依存することには、有限な捜査資源の合理的な配分を妨げるという問題もあります。言い換えると、政治資金収支報告書の虚偽記載等として検察・警察※9に持ち込まれている事案の多くについて本当に刑事手続が必要なのかどうか、ということです。
収支報告書の虚偽記載等とはいえ(この「とはいえ」という表現は、この種の事件の捜査に従事したことのある方でしたら、ニュアンスを分かって頂けると思いますが)、虚偽記載等の立証のためには金の流れを丹念に追って証拠化していく必要があり、贈収賄事件を解明するのと大差ないくらいの捜査資源を消費することも少なくないと思います。
東京地検特捜部などが、度重なる政治資金収支報告書の虚偽記載等の事件の捜査に限られた人的資源を投入し続ける結果、贈収賄などの伏在している「本当の犯罪」の捜査に支障を及ぼしているのではないか、「巨悪を眠らせる」ことになっていないか、危惧されます。捜査資源は有限です。東京地検特捜部の検事を増員せよ、全国の検察からの応援を増やせ、と言っても、東京以外の庁の事件を放置してよいのか、脱税事件やインサイダー取引事件はどうする、窃盗や詐欺横領はどうする、殺人や強盗、性犯罪、トクリュウ、薬物、暴力団などはどうするのか等となります※10。
社会全体から見た有限な捜査資源の合理的配分の観点からも、政治資金収支報告書の虚偽記載等について刑事罰を適用するのは、収賄に準じたり、不正の隠蔽工作のような悪質重大な事案に限定し、それ以外の事案は、課徴金制度を通じて簡易迅速に悉皆的に制裁を課していくことが、全体的な制度設計として合理的であると思います。
※9 検察庁の特別捜査部・特別刑事部・財政経済係や都道府県警察本部の捜査二課等。
※10 昔話ですが、私が東京地検特捜部に在籍していた当時、東京地検特捜部は土日祝日も原則出勤、朝から深夜まで勤務であり、2、3ケ月に1回程度の休みや夏休み・年末年始休暇を合わせて、1年365日で休んだ日数は23日位だったと思います(数日程度の数え間違いはあるかもしれません)。そのほか、たまに日曜日の午前中だけ休み、というのがありました。当時の特捜の検事や検察事務官は、子供から「パパ、また来てね」と言われたり、出勤時に子供から「パパと一緒に公園に行く」等と泣かれることも珍しくありませんでした。完全に余談ですが、検察も警察も、程度の差はあれ、公益のために限界まで仕事をしていることは強調しておきたい点です。
以上
