(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『企業法務ニューズレター(2022/3/22号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

本ニューズレターは、2022年3月22日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

1. はじめに

2022年2月24日、ロシアはウクライナへの武力侵攻を開始し、国際社会はこれを国際法に違反するものとして非難しました※1。この戦争が続き、何百万人ものウクライナ人が自宅及び自国から退避し続けている状況の中、ロシアは、米国、EU(欧州連合)、日本などによる様々な制裁の対象となっています。これに対し、ロシアは、日本を含む「非友好国」のリストを作成し、制裁に対する対抗措置を講じ始めています※2

 

※1 2022年3月16日、国際司法裁判所は、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(ジェノサイド条約)における暫定措置に関するウクライナのロシアに対する申立てを認めました。
同裁判所は、13対2に分かれた意見で、ロシアは、ウクライナの領土で2022年2月24日に開始された軍事行動をただちに停止するように述べるとともに、全員一致の意見で、両当事者は、当裁判所における紛争を悪化若しくは拡大させ、又は解決を困難にするような行為をやめるよう述べました。判断の要旨は以下を参照。
<https://www.icj-cij.org/public/files/case-related/182/182-20220316-SUM-01-00-EN.pdf>

 

※2 2022年3月8日付けThe Mainichi。
<https://mainichi.jp/english/articles/20220308/p2a/00m/0na/007000c>

 

本ニューズレターでは、当事務所が別途分析している※3制裁の内容自体は取り上げず、日本の投資家が現状において認識しておくべき手続と可能性を取り上げます。制裁とこれに対する対抗措置、及びロシアの対ウクライナ侵攻に対して間接的な資金供与を行わないことは、現在ロシアで事業を行っている数多くの日本企業が現在直面している課題です。

 

※3 この点については、N&Aニュースレター「ウクライナ情勢を受けた欧米日の対ロシア制裁の直近動向」
第1回 <https://www.nishimura.com/ja/newsletters/europe_220228.html>、
同第2回 <https://www.nishimura.com/ja/newsletters/europe_220304_2.html>、
及び同第3回<https://www.nishimura.com/ja/newsletters/europe_220317.html>

を参照。

 

本ニューズレターの前半では、日本の投資家が現在ロシアで直面しているリスクについて簡単に説明し、日本企業が利用可能な一般的な考慮事項と選択肢を紹介します。また、後半では、日ロ間の国際投資保護メカニズムの下で、日本の投資家がロシアに対して行使できるかもしれない救済策について概観します。

2. 例外的な状況を踏まえた一般的考慮事項と選択肢

ロシアに課される制裁は、ロシア経済と、日本の投資家がロシアで事業を行う可能性に、深刻な影響を与えることになります。追加制裁や潜在的な二次制裁に関する状況が急速に進展していることから、適用される制裁制度に抵触しないよう、状況の変化を注視するとともに、迅速かつ綿密に対応することが重要です。ロシアとの取引やロシア国内での取引は、制裁の対象がロシア政府のみならず、ロシア政府と密接な関係にある事業体や個人、ロシア軍、及びロシアの銀行も対象としていることから、複雑なものとなっています。したがって、日本企業は、多くの場合、早急にこのような事業体や個人との取引関係を断つことを考えるであろうと思われます。

 

また、ロシアにおける事業活動全般、特にロシア政府に関連する事業活動は、一般の視線と議論の対象となることにも留意する必要があります。ロシアに投資している日本企業は、とりわけ非良心的な人権侵害に加担したり、自社の環境・社会・ガバナンス(ESG)活動に悪影響を与えたり、又はウクライナにおけるロシアの戦争に間接的に(財政的に)貢献したりすることを避けるため、ロシアにおける自社の事業の位置付けや事業構造を慎重に評価し、見直したいと考えるであろうと思われます。

 

そうでない場合であっても、アップル、ビザ、マスターカード、メルセデスベンツ、マクドナルド、コカコーラ、ネットフリックス、メタ(旧フェイスブック)、ネスレ、GE、シェルなど、数え切れないほど多数の世界的な大企業が、ロシア市場から撤退し、又は操業を中止しており、日本のグローバル企業に、これに追随すべきとの圧力が加わっていくことは確実でしょう。現在、相当数の日本企業が、その取り得る選択肢を検討し、その中には既に操業を中止した企業もあると聞き及んでいます。

 

ロシア市場からの撤退のリスクを検討する際、日本企業は、ロシアが、これに対する対抗措置を講じる可能性があることを知っておく必要があります。実際、ロシア政府は、ウクライナとの戦争を踏まえ、事業を停止又は中止した外国企業の資産を国有化又は収用する計画があることを示唆しています※4。例えば、2022年3月14日、ロシアは国内航空会社が約100億米ドル相当の数百機の外国が保有している航空機を収用する道を開きました。これらの航空機は、ロシアの航空会社によってリースされていましたが、制裁措置を遵守するために外国の登録機関が耐空証明を停止した後、現在はロシアに足止めされています※5。また、ロシア政府は、外国企業の特許保護の制限や終了※6、現金持ち出しの制限、ロシアから撤退する外国企業の破産手続又は刑事責任の検討、第1次制裁以降の株式取引の停止、収益となる通貨の売却の義務化の導入などの措置を発表しました。

 

※4 2022年3月10日付けワシントン・ポスト。
<https://www.washingtonpost.com/business/2022/03/10/russia-nationalize-foreign-business-ukraine>

 

※5 2022年3月15日付けフォーチュン。
<https://fortune.com/2022/03/15/russia-planes-foreign-owned-leasing-putin-confiscate-theft>

 

※6 2022年3月9日付けワシントン・ポスト。
<https://www.washingtonpost.com/business/2022/03/09/russia-allows-patent-theft>

 

ロシアからの外国企業及び投資家の撤退の状況を踏まえると、日本企業による非ロシア企業や複数のパートナーと行っている事業は崩壊する可能性があります。したがって、各ステークホルダーを巻き込んだ様々な状況において、紛争が発生する可能性があります。ロシアにおける現在のビジネスの立ち位置の見直しと、これに伴う必要な調整は、現在利用可能な紛争解決メカニズムにも及ぶべきです。強固で公平な紛争解決メカニズムの重要性は、ロシアが現在直面している例外的な状況を考慮すれば明らかです。投資先の裁判所の公平性は、日本人投資家にとって常に重要な関心事と思われますが、厳しい制裁と検閲の対象となり、戦争の最中にある法域においては、特に精査されるべき事項です。現在の状況がロシアの司法にどのような影響を与えるかは未だ不透明ですが、ロシアの利益に適わない行動をしているとロシア政府が考える企業には、良い展望は望めません。

 

したがって、日本企業は、関連する契約を検討し、有効な仲裁合意が含まれているかどうかを確認すべきです。企業は、様々な理由で契約中に仲裁合意を挿入しますが、紛争が仲裁合意の範囲内にある場合、有効な仲裁合意によって、仲裁合意の署名者は訴訟を提起できなくなることが広く認められています。仲裁により、企業は、公平、効率的、かつ通常は秘密に、紛争の判断を求めることができます。

 

以下において、日本の投資家が、ロシアにおける権利を行使するための追加的な手段について説明します。日本は、日本のロシアへの投資を保護し、日本企業が権利を侵害された場合にロシア政府に対する仲裁手続を開始する機会を与えるため、ロシアとの間で二国間投資協定(日ロBIT)を締結しています。

 

次ページ3. 投資保護とその執行

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○執筆者プロフィールページ 
弘中 聡浩
ラース・マーケルト
金子・友次 ベネディクト

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