組織変革で幹部に起こる大きな変化
■組織変革で幹部に起こること
組織変革を始めて1年ほど経つと、大きな変化が起こることがあります。それは幹部社員の退職です。
まず会社やほかの幹部、部門に対して批判的なポーズを取ることで自身の立ち位置を保っていた人が、社員の信頼を得られなくなり、周りから相手にされなくなるケースがあります。
次に意図的に情報を操作(遮断、改変)することで自身の能力をアピールして立場を守っていた人が、社内のコミュニケーションが活性化することで居場所がなくなってしまうケースです。
また社内で不正を働いていた人が、巻き込んでいた社員の意識変化によって不正があぶりだされ仕事の継続ができなくなるケースや、部下の育成と成長に興味関心をもてず精神性の発達が見られないため、部下からの評判が下がり組織内にいづらくなるケースもあります。
これらはすべて実際に起きた事例です。幹部社員の退職は見方によってはネガティブにも取れるのですが、組織が健全に発達していくプロセスでもあります。長く一緒に働いてきた仲間が辞めることは経営者にとって身を切られるようにつらいことですが、すべての経営者は「この先の成長のために必要な痛みだった」と受け止めてくれます。
■望ましい幹部像とは?
会社のことをいちばん真剣に考えているのは経営者です。ですから幹部から自発的に提案や企画がなされても、経営者の目から見たらレベルが低く「こんなレベルでどうするんだ」と思うことも少なくありません。確かに初期段階のアイデアや行動は未熟で、経営者の納得するレベルではないことが多いのです。
そこでどう反応するかが、人材育成に関しては重要になります。経営者が重視すべきは、彼らから自発的にアイデアや行動が出てきたこと、そしてそれが成長の大事な一歩なのだと認めることです。
私がこう言うと「会社経営は命懸けで、そんなに甘いものじゃない」と経営者に反論されることが多いのですが、人材育成も命懸けです。ここを甘くみてはいけません。会社の問題に幹部が他人事であるというならば、実は経営者自身も他人事なのです。幹部が悪い、社員が悪いで終わっているからです。
経営者の役割は、幹部に変化が起こるような場をつくることです。教育学や心理学では自発性の芽を育てる方法が解明されています。彼らの自発性の芽をつぶしながら「成果を出せ」と考えることのほうが安易なのだと、一度認識を改める必要があります。
望ましい幹部像は経営者の個性や業界、目指したい組織の状態によって異なります。私が経営者にコーチングをするときは「あなたにとって理想の幹部像は?」と問いかけ、理由を丁寧に聞きながら実現したいビジョンを探求し、それが見えてきたらあらためて、「それを実現するためにあなたができることは?」と問います。
このときの経営者は会社と自分のビジョンが明確になっているか、ビジョンはまだ見つかっていないが真剣に探求しているか、いずれかの状態であることが理想です。なぜなら「想像するだけでわくわくするような、本気で実現したいビジョン」の存在が、いちばん強い動機になるからです。
舞台や映画にもなった『奇跡の人』は、視覚、聴覚の重複障害者であるヘレン・ケラーの自叙伝と思われがちですが、実はヘレンを導いた家庭教師アン・サリバンの物語です。
ヘレン・ケラーは障害を乗り越えて世界中で講演し、多くの人に生きる喜びやエネルギーを与えました。しかし幼い頃は障害のためにうまく世界を認識できず、自分を表現できないことに癇癪を起こすこともしばしばありました。そこへ住み込みの家庭教師として、サリバン先生がやってきました。
サリバン先生はヘレンの可能性を信じ、幼いヘレンの感情を24時間受け止め続けたのです。サリバン先生が真剣に関わったおかげで、ヘレン・ケラーは人間性を高め、「重度の障害を抱えた不幸な少女」で終わらずに、世界的に有名な社会福祉活動家になりました。
会社も同じです。幹部に力を発揮してもらうためには、誰かがサリバン先生の役目をしないといけません。それは本来経営者の仕事です。命懸けで幹部を育てることは、「ちゃんとやれと言っているのに彼らはやらない」と文句を言うことではありません。
そして幹部の役目は、一般社員にとってのサリバン先生です。一般社員から持ち上がってくる提案や企画は経営者視点よりさらに距離があるので、レベルがより低くなるのは否めません。それをうまく幹部の人たちが育てていくのです。これが理想的な幹部の一つのイメージになります。経営は命懸けですが人材育成も命懸けの覚悟が必要なのです。
森田 満昭
株式会社ミライズ創研 代表取締役