「少し聞いてほしかっただけ」…息子への連絡が増えていく日々
昭夫さん(仮名・74歳)と妻の民子さん(仮名・72歳)は、築39年の市営団地で暮らしています。夫婦の年金収入は月20万円ほど。大きな貯蓄はありませんが、家賃が抑えられているため、慎ましく暮らせば生活は何とか成り立っていました。
長男の直樹さん(仮名・46歳)は、同じ県内で妻と子ども二人と暮らしています。以前は月に一度ほど顔を見せ、孫を連れて来ることもありました。民子さんはその日を楽しみにし、前日から煮物や孫の好きな菓子を用意していました。
しかし、直樹さんの仕事が忙しくなり、孫の習い事も増えると、訪問は少しずつ減っていきます。昭夫さんは最初、「若い世帯は忙しいから」と受け止めていました。それでも、団地の部屋に二人でいる時間が長くなるにつれ、何かあるたびに息子へ連絡するようになりました。
蛍光灯が切れた。病院で薬が増えた。自治会の役員を頼まれた。どれも緊急ではありませんでしたが、昭夫さん夫婦にとっては誰かに聞いてほしい出来事でした。民子さんが電話をかけ、出なければメッセージを送りました。
「少し聞いてほしかっただけなんです」
民子さんはそう振り返ります。ところがある夜、直樹さんから短いメッセージが届きました。
「もう連絡は控えてほしい。こっちも余裕がない」
画面を見た民子さんは、しばらく動けませんでした。昭夫さんも言葉を失いました。怒りより先に、自分たちが迷惑だったのかという思いが押し寄せました。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円となっており、平均で毎月約4.2万円の不足が生じています。昭夫さん夫婦の暮らしも余裕があるわけではありません。ただ、その夜に二人を苦しめたのはお金の不足ではなく、頼れると思っていた息子との距離でした。
翌日から、食卓は急に静かになりました。民子さんはいつものように夕食を並べましたが、直樹さんや孫の話題を口にすることはありませんでした。
