苦しいときでも続ける新卒採用の意義
現在、宮城同友会の共同求人委員会委員長を務めるのは「日本で15番目の完成車メーカー」を標榜するヴィ・クルー社長の佐藤全氏だ。佐藤氏は事業のたくましいベンチャー的発展で知られ、同友会内でも大きな声と元気の良さで屈指の若手リーダーとして評価が高い。
佐藤氏が率いるヴィ・クルーの本社工場は東北新幹線の白石蔵王駅から車で10分以上かかる、宮城県南部白石市の山間部にある。1万5000平方メートル近くもある広大な敷地には、改装・整備済みのバス、これから整備される予定のものがズラリと並び、巨大な工場建屋に入ると、大型路線バスや観光バスの内装、外装さまざまな工程のものが、従業員の手により整備中で、迫力がある。
同社はもともと佐藤社長の父親の経営する自動車整備工場の一部門だった。
秋田の大学在学中に、アルバイトながらCMやイベントプロデューサーとして活躍していた佐藤氏は、卒業と同時に東京へ出て、大手広告代理店で自らの能力をさらに開花させたいとの望みを持っていた。ところが卒業まぢかになり、「会社の状況が危機的だ、帰ってきて手伝え」と父親から連絡が入り、帰郷せざるをえなくなった。
揺れる気持ちを抑えながら、必死に会社再建に取り組む一方、佐藤氏は自社商品を持つメーカーにならないと企業としての自立は難しいと考え、2006年、顧客からの依頼を手掛かりに国内初のLED製バス用路肩灯の開発に着手する。10年に苦労の末出来上がったこの商品は爆発的に売れ、特許も取得、今では自動車用電装機器大手が代理店業務を引き受けるほどになっている。
一方で、佐藤氏は路線バス会社などが自社での整備業務などを縮小、外注に出しつつある状況を察知すると、バスの整備、板金塗装、車内のリフォームなどの仕事を積極的に取り込んでいった。路線バスを観光バス仕様につくりかえることなども引き受けた。あるいは会津若松市内を走る観光路線バス向けに、既存のマイクロバスの新車を昔懐かしいボンネットバスに改造する仕事なども引き受けている。佐藤氏が15番目の完成車メーカーと言うのは、その辺りからきているのだろう。
事業の幅を広げるため、佐藤氏は自動車機器関係を学んだ人材だけでなく、デザインや木工などの勉強した社員なども新卒採用してきた。
「30代は同友会でひたすら学び、実践する時代でした。経営指針を創り、同友会の王道を進もうと決め、指針・採用・共育を積極的に進めました。そうしたことが創業者の父親には気に入らなかったのでしょう。経営スタンスの違いから34歳のとき、私が中心になって始めていたバス用路肩灯の製造事業やバスの内外装、あるいは改造事業などをもって独立することになったのです」と、シリアスな話を人なつっこい顔つきで語る。06年10月のことだ。
以来、ヴィ・クルーは着実に発展を遂げ、売上高は3億5000万円に達し、「粗利率が高いので、売り上げに比して利益は多い」と佐藤氏は余裕の表情だ。
自慢はそれだけでない。実はこのヴィ・クルー立ち上げ時、佐藤氏に従って新しい会社に移籍したのは、佐藤氏が新卒で採用し育てた人たちだった。「誰一人として抜けなかったですね」
佐藤氏は理念をしっかりもった経営とともに、新卒採用の重要性をあらためて認識し、それ以降今日に至るまで、環境がいかに苦しくとも新卒採用を続けている。
前述のようにヴィ・クルーは白石市の山間部にある。白石市はここ数年人口が減り続け、高校を卒業した若者は仙台や首都圏に流出している。そうしたなかで、ヴィクル・クルーは、17年、18年と仙台の大学の卒業生を連続して採用。2人は仙台市内から通勤しており、これは今までにないことだと佐藤氏は喜びを隠さない。佐藤氏はその辣腕とアイデア力が買われて、12年から中同協の共同求人委員会の副委員長をも務める。