あらゆる部分で商機を見出そうとしている
現在、盒馬鮮生は約200店を展開しており、地域のニーズに合わせて数種類の業態がある。そのなかには、主に朝食・飲料を扱う「Pick’n Go」という店舗もある(訳註:中国は朝食の外食率が高い)。その名のとおり、商品をピックアップするだけのテイクアウト専門店で、注文や支払いはオンラインで済ませる。
基本的には地下鉄利用の通勤客がターゲットだ。注文は盒馬鮮生の専用アプリで済ませ、あとは店舗にあるコインロッカー風のデジタル保温ロッカーでスマホをかざして注文品を取り出すだけだ。盒馬鮮生には、ほかにも次のような業態がある。
①「盒馬F2」は、百貨店の食品売り場をコンセプトにした店舗である。上海などの都市部で特に人の行き来が多い目抜き通りに出店し、若いビジネスマン、ビジネスウーマンをターゲットにしている。
②「盒馬菜市」は、生鮮農産物市場の現代版をコンセプトにした店舗で、大口購入に対応するほか、エリア内30分配送のサービスもある。北京などトップクラスの大都市(いわゆる「一級都市」)の周縁部に暮らす価格重視の消費者をターゲットにしている。
③「盒馬mini」は、標準サイズの店舗である盒馬鮮生を小規模化し、近隣居住者をターゲットにした業態で、多くは中都市以下の地域に出店している。
④「盒馬小站」は、都市生活者をターゲットに、オンラインで生鮮品の注文を受けるサービスで、半径800メートル程度までをエリアに、超ローカルな宅配サービスを展開する。
業態を問わず盒馬の全店舗が携帯アプリに統合されている。アプリには、店内情報のチェックや宅配注文、レストラン予約、決済などの機能が搭載されている。
欧米の小売業者がショッピングモールの終焉かと右往左往している一方で、アリババは、盒馬独自のモールコンセプトの下、デジタル時代に合わせてモールの大刷新に乗り出した。深〓市(土へんに川)に誕生したモールの1号店は、衣料品店、レストラン、ドラッグストア、食料品店、美容院、子供向け遊戯施設など約60のテナントを擁する。テナント全店が盒馬のアプリと連動していて、利用客は各種案内機能、モバイル決済、半径約3.2キロ以内のエリアを対象とした1時間配送サービスなどが利用できる。
2017年、アリババは、中国国内の33都市に約60店舗を展開する百貨店チェーンの銀泰百貨の株式の過半数を取得し、実店舗による小売り事業強化に乗り出した。銀泰百貨の陳チェンシャオドン暁東CEOに聞いたところ、アリババの営業戦略では、銀泰百貨の経営権を取得した当初は、徹底したネットワーク化の推進に明け暮れたという。
つまり、店内にある全商品をデジタルデータ化することだった。ユーザーの目に触れる画面デザインなどフロントエンドと、サーバーなどのバックエンドの両方の全システムの統合も不可欠だった。
陳は、銀泰百貨ではさまざまなかたちでショッピングが楽しめるようになったと胸を張る。
たとえば、銀泰百貨のアプリから、最寄り店舗にある商品を購入することも可能だ。わからないことがあれば、その場で銀泰百貨の販売員に直接問い合わせることもできる。あるいは、実店舗内で買い物をしていて、重い荷物を持って帰るのが億劫だと思ったら、店内にいてもアプリのオンラインカートに商品を放り込んでいけばいい。アプリ上で支払いを済ませ、わずか2時間後には購入品が自宅に届く。
陳が説明する。
「従来の小売りは、一方通行のシステムで店から顧客に情報を送りつけるだけでした。しかし、当社の『ニューリテールモデル』では、店と顧客の双方向コミュニケーションに対応しています」
アリババの幹部と話していると、刺激的であると同時に少々無邪気ささえも感じる瞬間がある。みな、あらゆる部分に商機を見出そうとしているのだ。同社幹部にとって、伝統的なシステムや旧態依然としたパラダイムの制約などなきに等しいのである。
アリババというブランドにしても、アリババが採用しているプラットフォームや技術、エコシステムにしても、温めた陶土のように自由自在に形を変えられるから、顧客が喜んでくれる形に成形しやすい。顧客の1つひとつの行動、システム、技術、販売機会のすべてが、「ニューリテール」というコンセプトの枠組みにきれいに収まっているのである。
ダグ・スティーブンス
小売コンサルタント