「見かけないけど、引っ越したの?」退去手続きしないまま入居者はどこかへ…(※写真はイメージです/PIXTA)

古いアパートを建て直したい家主。住民の立ち退きと、行方不明者への強制執行に際した切実な想いに迫る。 ※本記事はOAG司法書士法人代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋・編集したものです。

近隣住民「見かけないけど」…室内でなにかあった?

◆退去手続きしないまま姿を消した高齢者

 

「建物が古いから取り壊して新しく建てたいけれど、行方不明の入居者がいて困っています。助けてください」

 

川崎市の家主から声をかけられたのは、春先でした。物件も見ておきたかったので、家主の事業所に出向きました。

 

隣接していたのが、今回取り壊す予定だという木造アパート。2階建てですが、さすがに古さが目立ちます。赤茶けたトタン板のような壁は、ところどころ劣化で穴まで開いていました。計8戸のアパートに、現在はたった2組の高齢者しか住んでいない状況でした。

 

「井上さんを見かけないけど、引っ越したの?」

 

家主はアパートの1階に住む村山雄一さん(71歳)から言われて初めて、井上さんが長い間戻ってきていないことに気が付いたのです。

 

まさか室内で何かあった?

 

一瞬家主と村山さんの脳裏をかすめましたが、臭いも何もなかったのでおそらくいなくなってしまったんだろうという結論に至りました。

 

退去手続きしないままどこかに行ってしまった井上さんは、普段から年に数ヵ月単位で遠方の工事現場で働く生活をしていたので、家主も気が付かなかったとのこと。そう言えば、見かけなくなったのはこの1年。同時に家賃もこの1年ほど入っていませんでした。

 

井上さんはこのアパートが新築のときから約50年、ずっと一人で住んでいました。この間、家賃を滞納することもなく、何かクレームを言ってくるでもなく、顔を合わせれば挨拶する程度で、さして会話もなかったことから井上さんの情報はほとんどありません。契約書もいちばん最初の古いまま。契約当初の書面以外、他には何も残っていませんでした。

 

「ちゃんと手続きをして、出て行ったと思っていたよ。ただ荷物運びだしている様子もなかったしなぁ。声かけてくれないなんて水臭いなぁって思っていたんだよね」

 

村山さんも、事の成り行きに驚いた様子でした。

 

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老後に住める家がない!

老後に住める家がない!

太田垣 章子

ポプラ社

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