「助けてほしいの」…母から深夜の連絡
「助けてほしいの。ちょっと来てくれない?」
深夜0時前、そう電話してきたのは、地方都市で一人暮らしをする母・和子さん(仮名・82歳)でした。電話口の声は弱々しく、ふだんの落ち着いた調子とは明らかに違っていたといいます。
そう振り返るのは、都内で働く会社員の健一さん(仮名・54歳)です。父は5年前に他界し、それ以来、母は古くなった実家で一人暮らしを続けてきました。週に数回、電話やLINEで連絡を取り合っており、多少の物忘れはあっても、健一さんは「まだ一人でやっていける」と考えていたそうです。
ところが、その夜の母は違いました。詳しく事情を聞こうとしても、「うまく言えないの」「とにかく来て」と繰り返すばかりで、会話がかみ合いません。健一さんは胸騒ぎを覚え、そのまま車で実家へ向かいました。
実家に着いたのは、それから1時間ほど後でした。玄関の灯りはついていましたが、家の中は妙に静かでした。
「お母さん?」
声をかけながら居間に入った健一さんは、思わず足を止めたといいます。
テーブルの上には未開封の総菜がいくつも並び、足元には読みかけの新聞と、封を切っていない郵便物が散らばっていました。壁際には、同じ銘柄のインスタントみそ汁やレトルトご飯が何袋も積まれています。さらに台所へ目を向けると、コンロの上には真っ黒に焦げた鍋が置かれ、換気扇は回りっぱなしでした。
和子さん本人は、台所の椅子に座り込み、ぼんやりとした表情で息子を見上げました。
「お鍋、どうしてこうなったのか分からなくて……」
それが第一声でした。
火はすでに消えており、救急搬送が必要なけがもありませんでした。しかし健一さんが衝撃を受けたのは、焦げた鍋そのものよりも、その家全体の状態でした。
冷蔵庫には同じ種類の豆腐や牛乳がいくつも入っている一方で、賞味期限切れの食品も混じっていました。郵便物の中には、公共料金の督促一歩手前の通知もありました。薬のシートも複数残っており、飲み忘れているのか、重複して飲んでいるのか、すぐには分からない状態だったといいます。
「母が “生活をうまく回せなくなっている”のだと気づきました」
和子さんは、その日の夕方に鍋を火にかけたまま別の部屋に行き、何をしていたのか自分でも分からなくなったそうです。焦げたにおいで気づいたものの、換気扇の止め方や片付ける順番が分からず、夜遅くになって息子に電話をかけたといいます。
