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強制執行の催告…ドアを開くと、強烈な悪臭が漂った
まだ肌寒い3月、強制執行の催告が行われました。
二郎さんは室内にいましたが、部屋の引き戸を開けません。執行官がいくら声をかけても、籠城です。古い建具なので、ガタガタしていたらドアごと外れそうな勢いでした。
「開けるよ」
執行官が声をかけると、二郎さんは中から何やら大声を出しています。同時に鍵屋さんが簡単にドアを開けました。家主さんにすれば、何年かぶりに会う二郎さん。執行官や私にとっては、姿を見るのは初めてです。
二郎さんは痩せ細り、銭湯にも行っていないからか、髪の毛は長く絡まったまま。洋服もいつ着替えたのかすら、分からないほど汚れています。ドアが開いた瞬間からツンと鼻をつく悪臭が漂い、とてもじゃないけれど耐えられません。思わず口で息をしました。
部屋の隅には、使用済みの下着が積まれたままでした。悪臭の源はこれなのでしょう。二郎さんは障害者手帳も持っていながら、必要なサポートを受けていないのでしょうか。
家賃を滞納していることは悪いし、高齢者だから許されるという訳ではありません。年齢的には執行不能かもしれませんが、二郎さんの姿を見れば、この部屋で住み続けることはもう不可能としか思えません。想像以上に劣悪な環境です。これでは、一人で近くの銭湯にも行けるはずがありません。
窓のない4畳ほどの空間で1日の大半を過ごしているのでしょう。あまりに非衛生的でもあります。部屋に脱ぎっぱなしになっていた下着からしても、廊下を挟んだ対面にあるトイレにも行けていないようです。明らかに介護が必要な状況なのに、それが得られていません。ご飯もどうしているのでしょう。
執行官も同じことを感じたようです。
「体調はどうなの? 大丈夫なの?」
二郎さんは必死にドアを閉めようとします。
「このままだと執行で荷物全部出しちゃうことになるよ。そうなったら大変でしょう? ちゃんとここにいる司法書士さんとか、周りの人と相談してね。分かった?」
執行官は、あとはよろしくと逃げ腰です。
「二郎さん、目の見えない人たちの施設もありますから。そこを探していきましょう」
私が声をかけても、返事はただ「帰れ!」の一点張り。
「今日は帰るけど、これからのこと一緒に考えていきましょうね」
そう声をかけても返事もなく、ドアがぴしゃっと閉められてしまいました。