久しぶりに実家に帰省した沙織さん(48歳)に告げられた一言
東京で薬剤師として働いている沙織さん(48歳)は久しぶりに正月休みを利用して長野の実家に帰省しました。家族団らんの穏やかな正月になると思いきや、父親の庄司さん(85歳)が沙織さんに突然、相続放棄を求めてきました。
驚いた沙織さんが理由を尋ねると、庄司さんは「沙織は地元を離れて私立大の薬学部に進学し、地元の国公立を卒業した長男・真一に比べてお金がかかっている。しかもマンションの頭金1,000万円も出した。長男はずっと地元に住み、妻とともに日常のこまごまとしたことや母・良子(80歳)の介護までしてくれた。自宅(評価額3,000万円)と金融資産4,000万円は、すべて長男一家に譲りたい。特に真一の妻は他人なのによく尽くしてくれている」と話しました。
良子さんの意見も聞くと、「真一がこれからも世話をしてくれるというから、真一家族にすべてもらってほしい」とのこと。
久しぶりにあった父からのまさかのひと言を聞いてその場で膝から崩れ落ちた沙織さん。自分が遺産をもらえないとはまったく想定していなかったため、「自分にも相続権がある」と主張しました。これを契機に話し合いは感情的な対立へと発展し、家族の間には溝が生じてしまいました。
弁護士の回答のポイント
本件では、庄司さんが沙織さんに突然、相続放棄を求めたことで、家族関係に深い溝が生じてしまいました。
では、庄司さんの希望を実現するためには、どのような方法があったのでしょうか。まず、そもそも庄司さんが沙織さんの相続権を一方的に奪うことが可能だったのかについて、説明します。
一方的に相続権を奪う方法はあるか?
相続が開始する前に、被相続人が相続人の相続権を奪う方法として、「推定相続人の廃除」(民法892条)という制度があります。
この制度は、推定相続人が「被相続人に虐待を加えた場合、重大な侮辱をした場合、またはその他著しい非行があった場合」に、被相続人が家庭裁判所に請求することで相続権を剥奪できる仕組みです。
しかし、本件では庄司さんが一方的に沙織さんに相続放棄を求めているだけであり、沙織さんが庄司さんに暴力をふるったり、重大な侮辱をしたりした事実はありません。そのため、この制度を利用することはできません。